人的資本・ウェルビーイング経営

AIで浮いた時間を、事業の成長にどうつなぐか ― 戦略から行き先を決め、チームで時間を生む

AIで仕事の時間は減ったはずなのに、その時間で何が変わったのかを説明できない。そんな人事・経営企画の方に向けて、浮いた時間を事業の成長につなぐ進め方を整理します。

先に答えを書くと、行き先を事業戦略から決め、チームでは行き先を先に用意してから時間を浮かせ、その結果を現場から経営へ返す、という流れを回すことです。

浮いた時間は、革新的な仕事に2割しか向かわない

革新的な仕事に回ったのは、浮いた時間の21%

Gartnerは2026年10月26日、AI投資の成果に関する発表の中で、AIで生まれた時間の行き先にも触れました。

2026年第2四半期に従業員1,865人に尋ねたところ、AIで浮いた時間のうち、より革新的な仕事に回ったのは21%でした。

残りの79%が何に使われたのか、その内訳は今回の公開発表では示されていません。品質の確認やAIの出力の手直し、いつもの業務に使われた時間も含まれている可能性があり、無駄になったとまでは言えません。

使い道の指針を示している組織は7%

手がかりになる数字が、もう一つあります。Gartnerが2025年7月にHR責任者114人に尋ねた調査では、AIで浮いた時間の使い方について指針を示している組織は7%にとどまりました。

つまり多くの会社では、浮いた時間を何に使うかについて、組織としての指針がまだ示されていないのです。

5分、30分と細切れに生まれた時間は、行き先がなければ日常の作業に吸い込まれていきます。AIで浮いた「2万人分」はどこへ行ったのか ― Wiproの再配置事例でも触れたように、設計がないと余裕時間は静かに消えてしまいます。

では、その行き先は、どこから決めればいいのでしょうか?

行き先は、事業戦略から決める

Gartnerは、戦略から要員計画を組み立てる枠組みを示した

行き先は、現場の思いつきではなく、事業戦略から決めます。その考え方を後押しするのが、Gartnerが同じ10月に示した要員計画の新しい枠組みです。

Gartnerが2026年7月にCHRO(最高人事責任者)297人に尋ねたところ、仕事の変化とAIの影響を織り込み、人材戦略を事業目標に合わせ直せている要員計画を持つ組織は19%でした。

そうした組織は、売上目標を上回る可能性が1.4倍、コスト目標を上回る可能性が1.5倍高いとされています。

新しい枠組みの出発点は、今いる人員ではなく全社戦略です。戦略の実現に必要な仕事を先に見通し、そこに人材の判断を合わせていく考え方です。

強化したい能力から、時間の行き先を決める

この考え方を、浮いた時間に当てはめると、順番は次のようになります。

  1. 事業戦略から、強化したい組織能力を決める(例:既存顧客への提案力)
  2. その能力を高めるために、増やしたい仕事を決める(例:顧客ごとの提案資料の見直し)
  3. AIで浮いた時間を、その仕事に優先して回す

こうすると、浮いた時間は「空いたから何かに使う時間」ではなく、戦略に投資する時間になります。


事業戦略から強化したい能力、増やしたい仕事、浮いた時間の行き先へとつなぐ流れ
浮いた時間の行き先は、事業戦略で強化したい能力から逆算する(Gartner 2026年10月28日発表の戦略的要員計画の考え方を、AIで生まれた時間の再配分に応用して筆者作成)

※画像はクリックで拡大できます

最初は、1〜2の能力で試す

Gartnerは、この枠組みを最初から全社に広げるのではなく、事業のリーダーたちと組んで1〜2の組織能力で試し、学びをもとに広げるよう勧めています。

浮いた時間も同じです。全社で一斉に始めるより、戦略上重要な能力に関わる1チームから始める方が、何が詰まるのかを早く知ることができます。

では、戦略で行き先が決まったら、現場のチームでは何をすればいいのでしょうか?

チームでは、行き先を先に用意する

時間を浮かせる前に、やり残しリストを作る

それは、時間を浮かせてから行き先を探すのではなく、行き先を先に用意してから時間を浮かせることです。

浮いた時間が消えるのは、空いた瞬間に「何をやるか」が手元にないからです。そこで最初に、チームで「本当はやりたいのに手が回っていない仕事」を書き出します。

マニュアルの更新、顧客への提案の見直し、後輩の育成などが挙がるはずです。そのうえで、先に決めた戦略の重点に近いものから順番をつけます。

時間を測るときは、確認や手直しも数える

次に、AIを使う業務を1つに絞り、使う前と後で所要時間を記録します。

このとき、AIの出力を確認したり手直ししたりする時間も一緒に数えます。推計で「月40時間減った」としても、実際に別の仕事に使える時間はそれより少ないことが多いからです。

もう一つ見ておきたいのが、時間の形です。5分ずつの細切れの時間ならリストの小さな仕事に、半日単位でまとまるなら大きな仕事に向いています。

割り当てた仕事は、目標に書き加える

浮いた時間が見えたら、誰が、リストのどれを、週に何時間やるのかを決めます。

そして、割り当てた仕事を、その人の今期の目標に1行書き加えます。目標にない仕事は、忙しくなったときに真っ先に後回しになるからです。

90日で、1チームから始める

ここまでを、90日の流れにまとめると次のとおりです。

  1. 1週目:チームでやり残しリストを作り、戦略の重点で順番をつける
  2. 2〜3週目:AIを使う業務を1つに絞り、確認や手直しも含めて時間を測る
  3. 4週目:浮いた時間をリストに割り当て、本人の目標に書き加える
  4. 5〜12週目:既存の定例会議の最後の15分で、浮いた時間をどこに使ったかを確かめる
  5. 90日目:続ける・変える・他のチームに広げる、を決める

振り返りのために新しい会議は作りません。会議を増やすと、それ自体が浮いた時間を食べてしまうからです。

ただ、手順を整えるだけでは、割り当てた仕事は長続きしません。続けるために、人事は何を整えればいいのでしょうか?

浮いた時間を、能力への投資として扱う

新しい仕事や、周りを支える行動を評価で認める

一つ目は、評価です。目標に書き加えても、それが評価で報われなければ、新しい仕事を引き受けた人ほど損をします。

特に、後輩に教える、チームの困りごとを拾うといった周りを支える行動は、個人の成果に表れにくいものです。行動原則として「人を支援する」「場に貢献する」を評価の項目に入れておくと、引き受けることが報われるようになります。

どんな行動を認めるのかを日々伝える工夫は、承認は何のためにするのか ― 部下が「良い行動か」を自分で判断できるようにする育成のかたちで整理しています。

教わる時間を、業務量に入れる

二つ目は、業務量です。新しい仕事には、慣れるまで教わる時間がかかります。

ところが、教える側の時間はどこにも計上されていないことがほとんどです。プレイングマネージャーは、自分の担当を抱えたまま教えることになり、新しいことを考える余地がありません。

新しい仕事を割り当てるときは、教える人の時間も一緒に見積もります。見積もれないなら、まずは教わる時間の少ない仕事から始めるのも一つの方法です。

学んだ先の仕事と、配置までつなぐ

三つ目は、学んだあとの行き先です。浮いた時間を学習に回しても、学んだことを使う仕事がなければ、学ぶ意欲は続きません。

戦略で強化したい能力を学ぶなら、その能力を使う仕事と配置まで用意しておく。そこまでつながって初めて、浮いた時間が能力への投資になります。

では、チームで回り始めたこの流れを、全社で回し続けるにはどうすればいいのでしょうか?

経営が宣言し、現場が結果を返す

経営は、どの能力に時間を投資するかを宣言する

全社では、まず経営が「AIで生まれた時間は、○○の強化に回す」と宣言します。

宣言がないと、現場は浮いた時間を表に出すことをためらいます。時間が浮いたと伝えると、次の年度の人員計画が縮むのではないかと考えるからです。行き先が宣言されていれば、時間を出すことが、戦略の仕事に取り組む機会になります。

現場は、何が強くなったかを返す

次に、現場から経営へ結果を返します。返すのは「何時間減ったか」ではなく「何が強くなったか」です。

  • 浮いた時間を、何に使ったか
  • それで、何ができるようになったか(成果物・身についた能力)
  • どこで詰まったか(評価に入らない、教える時間がない、など)

特に大事なのが三つ目です。チームでは解けない詰まりを、人事や経営が拾う経路になるからです。

結果を見て、次の投資先を見直す

経営は、返ってきた結果を見て、次にどの能力へ時間を投資するかを見直します。

宣言し、現場で回し、結果を返し、見直す。このループが回り続けることが、浮いた時間を事業の成長に変える仕組みです。

取締役会への報告も、同じ形にそろえておくと話が早くなります。削減時間の合計ではなく、どの能力にどれだけ時間を投資し、何が強くなったかを示す。AI経営は何を測るべきかで整理した「使われた・変わった・価値が出た」のうち、「変わった」から「価値が出た」へ進む材料にもなります。

時間の使い道は、人への投資の配分

AIで浮いた時間を何に使うかは、現場の段取りの話に見えて、実は予算をどこに配分するかと同じ経営の判断ではないでしょうか。

お金の配分には、計画があり、承認があり、結果の報告があります。一方で時間の配分には、そのどれもないまま、AIの導入だけが進んでいる会社が多いように思います。

時間は、人がいちばん直接的に能力を伸ばすための元手です。だからこそ、浮いた時間の使い道を決めることは、人への投資の配分を決めることだと考えています。

大きな仕組みを最初から整える必要はありません。戦略上大事な能力に関わる1チームで、やり残しリストを作るところから始めてみてはいかがでしょうか。90日後に返ってくる「何が強くなったか」が、次の宣言の材料になるはずです。

取締役会がこうした投資をどう問えばいいのかは、取締役会は、人への投資をどう問うか ― 戦略とのつながり・途中経過・未達の分析という3つの視点も参考にしてみてください。

【セルフチェック】浮いた時間を活かせているかの6項目

この記事の考え方を、自社のAI活用に当てはめてみるためのチェックリストです。正解を出すためのものではなく、立ち止まって考えるためのもの。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。

  • AIで浮いた時間を、どの能力の強化に回すか決まっているか事業戦略で強化したい能力から逆算できているか
  • チームに「やり残しリスト」があるか時間が空いた瞬間に、やることが手元にあるか
  • 時間を測るとき、確認や手直しの時間も数えているか推計と、実際に使える時間は違うことが多い
  • 割り当てた仕事が、本人の目標に書かれているか目標にない仕事は、忙しいときに後回しになる
  • 周りを支える行動や、教える時間が評価・業務量に入っているか引き受けた人ほど損をしていないか
  • 経営への報告が「何時間減ったか」ではなく「何が強くなったか」になっているかどこで詰まったかも一緒に返せているか

 

用語メモ

本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。

▶ 要員計画(戦略的要員計画)

事業の目標を実現するために、どんな仕事に、どんな能力を持つ人が、どれだけ必要かを見通して計画すること。Gartnerの新しい枠組みは、今いる人員ではなく全社戦略を出発点にする点に特徴があります。

▶ 組織能力

会社が組織として持っている「できること」。提案力、品質管理の力、新しい商品を生み出す力など。個人のスキルの合計ではなく、仕事の進め方や仕組みも含みます。

▶ CHRO(最高人事責任者)

Chief Human Resources Officerの略。経営陣の一人として、人材戦略に責任を持つ役職です。

 

出典・参考情報



 

※本記事は、2026年11月2日時点で公開されているGartnerの発表をもとに、筆者の考えを整理したものです。調査の詳細な対象や設問は公開発表の範囲でのみ確認しています。90日の進め方は筆者の考える一例であり、自社の状況に合わせて調整してください。

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