「AIは効いていますか」と聞かれて、自信を持って答えられる会社は多くありません。世界のコンサルティング会社は、この問いに答えるための枠組みを出し始めています。方向は正しいと思いますが、その枠組みの目的の外に置かれているものがあります。前の2本の記事で見た失敗は、どちらもそこで起きていました。
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「AIは効いているか」に答えられない会社が多い
McKinseyが2026年4月に公開した記事によると、生成AIを1つ以上の業務で使っている組織は約8割、自分で作業を進めるAIエージェントを試している組織は62%に達しています。一方で、全社レベルで利益への効果を確認できていないという回答は60%でした。使っている会社は増えたのに、効いているかどうかは分からない。この差が広がっている、というのが同社の見立てです。
McKinseyは、別の調査結果をもとにした2025年8月のレポート(「エージェント型AI時代の到来」日本語版)で、これとよく似た状況を「生成AIパラドックス」と呼んでいます。約8割が生成AIを導入している一方、ほぼ同じ割合が収益面で大きな成果を得ていない、という逆説です。原因として挙げているのは、使い方の偏りです。チャットボットや文書作成の補助のような、誰でも使える「水平型」のAIは広く導入されましたが、効果が社員一人ひとりに分散するため測りにくい。一方、特定の業務に深く組み込む「垂直型」のAIは効果が大きいのに、約90%が試行段階を抜けられていない。「AIの活動」は増えても、「AIの効果」は増えない構造です。
日本はまだその手前にいます。帝国データバンクの2026年3月の調査では、業務で生成AIを活用している企業は34.5%でした。多くの会社は「使われているか」を確かめている段階です。
つまり、問題は「AIを入れたか」ではなく「効いているかを測る仕組みがあるか」です。測る仕組みがなければ、手元にある数字は利用率だけになります。そして利用率だけを追うと何が起きるかは、以前の記事で書いたとおりです。
世界の枠組みは「技術→利用→業務→事業→財務」の5層
McKinseyの同じ記事は、AIの効果を測るための5層の枠組みを示しています。専門用語を避けて言い換えると、次の5つです。
- 技術の性能:AIが正しく動いているか(誤答の率、応答の速さ、1回あたりのコスト)
- 利用と定着:人が使い、信頼しているか(毎日使う人の数、対象の仕事のうちAIで処理した割合、AIの提案を受け入れた率と上書きした率)
- 業務の指標:仕事の進み方が変わったか(処理時間、誤りややり直しの率、1件あたりのコスト)
- 事業の成果:事業の目標が動いたか(顧客満足、納期の遵守、解約率)
- 財務への効果:全社の数字が動いたか(売上増、コスト減、利益率、AIにかかる費用の総額)
この5層には、それぞれ「オーナー」が決められています。技術はデータサイエンスの部門、利用は現場のリーダー、業務はその業務の責任者、事業は事業部長、財務は財務部門です。そして段階ごとに関門を置き、価値を証明できた案件だけを広げていく、という運用が示されています。
同記事が強調しているのは、利用と定着の層が「最も見落とされる層」だということです。使われていなければ、その先の業務も財務も動きません。逆も言えます。利用が増えても業務の指標が動かなければ、「AIは活動しているが、事業を変えていない」ということになります。
BCGも2025年11月の記事で、同じ方向を示しています。BCGの調査によると、多くの企業がAIを試している一方で、大規模に価値を生み出せている企業は約5%、約60%はこれまでのところほとんど、またはまったく効果を得られていません。BCGは、導入の度合いを測ることは出発点にすぎず、成功は「導入したツール」ではなく「実際に生み出された価値」で測るべきだとしています。具体的には、市場投入までの時間、意思決定の質、コスト削減、顧客への成果といった数字です。
つまり、世界の枠組みは「使われているか」の先に「仕事が変わったか」「価値が出たか」を置いています。以前の記事で書いた「利用率は診断の道具、成果は別に測る」と同じ順番です。ここまでは、日本の会社もそのまま乗って構わない潮流だと思います。
この枠組みに「人」の視点を足してみる
ただ、McKinseyの5層を読み直すと、一つ気づくことがあります。測っているのは一貫して「AIという投資が何を生んだか」です。人を無視しているわけではありません。利用と定着の層には、誰が使っているか、役割ごとの利用状況、信頼して使っているかが入っています。
それでも、次の問いは5層の目的の外にあります。
- 誰の仕事が減り、その人はどこへ動いたか
- 動いた先で、仕事は成立しているか(社内失業になっていないか)
- 評価は、AIを前提にした仕事に合わせて変わったか
- AIを使う機会の差が、評価の不公平を生んでいないか
- AIの出力を確認する仕事を誰が担い、その負荷は測られているか
これは欠陥ではなく、目的の違いです。McKinseyの5層はAI投資を管理するための枠組みで、人材の配置や評価、仕事が消えた後のキャリアを測ることが主目的ではありません。
興味深いのは、両社とも技術以上に「人」の問題を重く見ていることです。McKinseyは先ほどのレポートで、より大きな課題は技術的なものではなく人に関わるものだと述べ、人間とAIの役割の再定義や新しい職種の導入を、AIを広げるための基盤の一つに挙げています。BCGも、AIの本当の難しさは技術ではなく人に信頼してもらうことだ、という元CIOの言葉を引き、役割別の学びの設計や、不安に向き合う対話の重要性を説いています。
人の問題が大きいと分かっている。それでも、効果を測る枠組みは投資と能力開発の側に置かれていて、その人がどこへ動き、どう評価され、公平に扱われているかは測定の対象になっていない。だからこそ、人的資本経営の側から、ここに一つ視点を重ねる余地があります。
前の2本の記事で見た失敗は、どれもこの「目的の外」で起きていました。
- Metaは、利用の層の数字を人の評価に流用しました。行動が歪み、訴訟にまで至りました
- Metaは、人を減らした先で事故対応の時間が70%増えました。AIの出力を確認する仕事を誰が担うかが、測られていなかったからだと読めます
- 日本で起きる社内失業は、5層のどこにも表れません。業務の指標も財務も動かないまま、人だけが余ります

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つまり、投資の枠組みとしてMcKinseyの5層は精緻で、そのまま使えます。ただし、その枠組みだけで報告を続けると、人の側で起きていることは誰にも見えません。だから、批判するのではなく、足します。
3段×4視点で測る
「AI経営は何を測るべきか」への答えを、ここで一文にまとめます。「使われているか」「仕事が変わったか」「価値が出たか」の3段を、業務・財務・リスク・人の4つの視点から測る。これだけです。
3段:McKinseyの5層を経営会議で使える形に縮める
McKinseyの5層は、そのままだと経営会議には細かすぎます。技術と利用をまとめて「使われているか」、業務を「仕事が変わったか」、事業と財務をまとめて「価値が出たか」の3段にすると、報告を仕分けしやすくなります。
4視点:業務・財務・リスク・人
横には4つの視点を置きます。業務(仕事の進み方)、財務(お金)、リスク(事故や統制)、そして人(誰がどうなったか)です。最初の3つは世界の枠組みにも含まれています。4つ目が、今回重ねる視点です。
3段と4視点を掛けると12のマスができます。それぞれに、そのマスにしか入らない代表的な数字を1つずつ置いてみました。

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「人」の列だけ、少し詳しく説明します。
- 使われているか×人:職種別・働き方別の利用機会の差。現場職や時短勤務の人が、仕事の中身と関係なく低く出ていないか
- 仕事が変わったか×人:減った時間の行き先が決まっている割合、AIの確認作業を担う人とその時間、配置転換の受け入れ先の準備(担当する仕事・育てる上司・新しい評価基準)
- 価値が出たか×人:配置転換した人の定着とエンゲージメント、新しい仕事に合った評価への切り替え、社内失業の兆候(実質的な仕事の少ない人員の割合)
使い方:全部を一度に測らない
12のマスを最初から全部埋める必要はありません。3つの段は、AI経営の成熟度を表しています。導入したばかりの段階では「使われているか」が中心ですが、成熟度が上がるにつれて「仕事が変わったか」、さらに「価値が出たか」へと、見るべき段階が移っていきます。以前の記事で書いた「利用率の役目は段階で変わる」と同じ考え方です。
ただし、「人」の視点だけは、どの段階でも空欄にしないことを勧めます。人の列は、AI導入で人に何が起きたかを3つの時点で追う設計です。公平に使えているか、減った仕事の行き先が決まっているか、動いた先で定着し新しい評価で報われているか。他の3つの視点が良い数字を出していても、この3つが崩れていれば、その成果が来年も続くかどうかは分かりません。短期のAI投資の回収と、持続する組織の力は、別の数字で見る必要があります。
つまり、このマトリクスは新しい発明ではありません。世界の投資評価の枠組みに、人的資本の視点を一つ重ねただけです。ただしその一つが、日本の会社では、成果が残るかどうかを分けると考えています。
「人」の視点は、日本の会社にとって飾りではない
なぜ日本の会社で、この視点が特に大事なのか。理由は前の記事で書いた、調整の仕組みの違いにあります。米国企業では、人員削減という外部労働市場を通じた調整を取りやすい。一方、日本企業では雇用慣行や法制度の違いから、社内での配置転換と学び直しによって調整する重要性が相対的に高い。人の視点が空欄のままだと、日本の会社では、その空欄がそのまま社内失業の置き場になります。
人的資本の開示ともつながり始めている
もう一つ、外側からの動きがあります。企業の人的資本経営を評価する「人的資本調査2026」(一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム等、2026年9月1日〜11月30日)は、開催記念セミナーの主催者講演のテーマに「人的資本経営へのAI活用と、法令改正後の開示項目チェック」を掲げています。人的資本経営へのAI活用が、調査の重点テーマの一つになり始めた、とまでは言えます。
そう考えると、今後、企業側には「AIを導入したか」だけでなく、それが能力開発や生産性、配置や従業員体験にどう影響したかを説明する必要が高まっていくのではないでしょうか。「人」の視点で測った数字は、そのまま開示の材料になります。
役員・社外取締役が問い返したい3つ
McKinseyはCEOへの提言として、事業責任者・人事責任者(CHRO)・データ責任者・情報責任者で構成するAIの協議会を置き、事業成果に連動する指標で価値を追跡することを挙げています。人事責任者がAIの統治の場に入ることは、もう前提になりつつあります。その場で、AI投資の報告を受ける側は、次の3つを聞くだけで、人の視点が空欄かどうかが分かります。
- 利用率の報告に、「誰が使えていないか」は含まれていますか
- 「○人分削減」の報告に、その人の行き先は含まれていますか
- AI投資の費用に、確認作業と再配置にかかる人件費は含まれていますか
つまり、AI投資の効果は、業務・財務・リスクの視点だけでも報告できます。しかし、人の視点が空欄のままの報告を何期か続けると、ある日、業務も財務も動かなくなっているのではないか。前の記事で書いた「見えないから放置される」は、測る設計を変えることで、防げる部分があると思います。
【セルフチェック】自社のAI報告を仕分ける8項目
この記事の考え方を、自社のAI活用の報告に当てはめてみるためのチェックリストです。正解を出すためのものではなく、12のマスのどこが空欄かを見つけるためのもの。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。
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AI活用の報告が「使われた・変わった・価値が出た」のどの段の数字か、分けて言えるか利用率は最初の段。そこで止まっている報告が多い。
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利用率の数字に、職種別・働き方別の「使えていない人」が含まれているか全社平均は何も教えてくれない。低い人が誰かを見る。
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業務の数字(処理時間・やり直し)を、利用率とは別に取っているか一つの部門で、一つの業務だけでいい。まず取り始める。
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AIの費用に、ライセンスだけでなく確認作業の人件費と再配置の費用を入れているかMetaで事故対応の時間が70%増えた。その時間は費用に載っていたか。
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誤答・事故・未承認AIの利用を、誰かが数えているか数えていないリスクは、起きたときに初めて費用になる。
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「○人分削減」の報告に、その人の行き先(時間・役割・確認作業)が付いているか行き先のない削減報告は、社内失業の予告になる。
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配置転換した人のエンゲージメントと定着を、動かした後も追っているか動かして終わりではない。1〜2年後に退職で気づくのでは遅い。
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12のマスのうち、何も数字がないマスがどこかを言えるか空欄を見つけることが、この記事の目的。埋めるのはその次。
直近でできること
大がかりな指標の整備の前に、直近でできることが3つあります。
- 直近のAI活用の報告を、3段×4視点の12のマスに貼り直してみる(空欄を見つけるだけでいい)
- 「人」の視点の3つのマスに、今ある数字(サーベイ・人事データ)で埋められるものを探す
- 次のAI報告に、「使えていない人」と「浮いた時間の行き先」の2行を足す
3つ目は明日からできます。その2行が入るだけで、報告を受ける側の問いが変わるのではないでしょうか。
筆者コメント
世界のコンサルティング会社の枠組みは、投資の管理として精緻だと思います。ただ、人と組織の仕組みづくりに携わってきた立場からは、その枠組みの目的の外に置かれている「人」のことが気になります。AI投資の成果は、最後は人が動いた先に残るものです。日本の会社ほど、その一つの視点を空欄にしない設計が要るのではないでしょうか。
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
▶ 利益への効果(EBIT)
McKinseyの調査で使われている指標で、利息と税金を引く前の利益。本業でどれだけ稼いだかを見る数字。「AIで全社のEBITが動いたか」が、投資として効いたかどうかの最終的な物差しになる。
▶ AIにかかる費用の総額(総保有コスト)
ライセンス料だけでなく、利用量に応じた課金(トークン)、システムの維持費、そして本記事で加えた確認作業や再配置の人件費まで含めた、AIを使い続けるための費用の合計。
▶ 受け入れ率と上書き率
AIの提案や出力を、人がそのまま使った割合(受け入れ率)と、大きく直してから使った割合(上書き率)。信頼して使われているかを見る数字で、上書き率が高いほど確認作業の負荷が大きいことを示す。
▶ 関門(決定ゲート)
AIの案件を広げる前に置く確認の場。「安全に動くか」「実際の仕事で使われているか」「業務と財務に効果があるか」を段階ごとに確かめ、証明できた案件だけ次に進める運用。
▶ 未承認AIの利用(シャドーAI)
会社が認めていないAIツールを、社員が業務で使うこと。会社のツールの利用率が低いのに成果物にAIの痕跡がある場合に疑われる。情報漏洩の入口になる。
▶ 人的資本調査2026
一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム等が実施する、企業の人的資本経営と開示を評価する調査。上場・非上場を問わず参加でき、回答企業にはフィードバックが提供される。2026年は9月1日から11月30日まで。
※海外コンサルティング会社の枠組みに関する記述は、公開記事を筆者が要約したものです。原文の構成と表現は各社の公式資料をご参照ください。本記事の「3段×4視点」は筆者の整理であり、個別の企業への当てはめは状況によって異なります。指標の設計については、社内の関係部門や専門家にご相談ください。