人的資本・ウェルビーイング経営

取締役会は、人への投資をどう問うか ― 戦略とのつながり・途中経過・未達の分析という3つの視点

人への投資が取締役会の議題になったとき、社外取締役はどこまで踏み込んで聞けばよいのでしょうか。研修や人事制度といった個々の施策の説明から視座を一段上げ、全社の戦略と資源配分の観点から問うことを、コーポレートガバナンス・コードの原文をもとに整理します。

人事方針が議題になるかは、経営への効き方で決まる

人的資本は、成長投資の一つに数えられている

2026年7月に改訂されたコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)は、取締役会の主な役割として、成長の道筋を描くなどの戦略的な方向付けを挙げ、成長投資などの経営資源の配分について、具体的に何を実行するのかを説明するよう求めています(原則4-1)。その成長投資の例として、設備や研究開発と並んで人的資本が書かれています。

さらに取締役会は、経営資源の配分が、経営戦略や経営計画に照らして適切かを、不断に検証するべきだとされています(原則4-2)。原則4-1が成長投資の例に人的資本を挙げていることと合わせて読むと、人への投資も、この検証の対象に含まれると考えられます。CGコードの改訂で人的資本の扱いがどう変わったかは、以前の記事(CGコード改訂2026が確定 ― 人的資本は「開示するだけ」から「取締役会が説明する」へ)で整理しています。

経営に効く人事のイシューなら、取締役会で扱う

とはいえ、すべての人事施策が取締役会にかかるわけではありません。どの人事方針を議題にするかは、会社によって違います。たとえば、事業の転換に合わせた大規模な配置転換や、人事制度の全面的な見直しのように、経営戦略の実現を左右するものなら、取締役会で扱うことになるでしょう(筆者の例)。

では、議題にしたとき、取締役会は制度の細部まで見るのでしょうか。

取締役会は細部を決めすぎず、執行に説明を求める

取締役会の役割は、執行ではなく監督にある

CGコードは、独立社外取締役に期待する役割として、経営陣の選解任などを通じた経営の監督や、経営の方針や経営改善についての助言を挙げています(原則4-8)。経済産業省の「社外取締役の在り方に関する実務指針」も、社外取締役の最も重要な役割は経営の監督だとしています(2020年)。

評価の基準をどう変えるか、どの業務の流れを見直すかを決めるのは、執行の仕事です。取締役会が細部まで決め始めると、執行が自分で考えて動く余地がなくなってしまいます。

面談と同じく、先に説明するのは執行の側

以前の記事(成果が出ていないメンバーとの面談で、何を話すか)では、面談では本人が先に話し、聞く側は基準とのずれを返す、という形を紹介しました。取締役会と執行の関係も、これに近いと考えます。方針の中身と進み具合は執行が説明し、取締役会は自分の視点を持って聞き、ずれを返すのです。

ただ、執行の説明は、事業や施策の単位に寄りやすいものです。以前の記事(人的資本開示、施策は99%が書くのに『なぜ効くか』は40% ― DOCI 2026を読む)で紹介した調査では、TOPIX100の企業の有価証券報告書のうち、人的資本開示で施策を具体的に書いていた企業は99%だった一方、施策が成果につながる仕組みまで具体的に説明していた企業は40%でした(暫定値)。取締役会への説明でも、同じようなずれが生じるのではないでしょうか。執行が自分の持ち場の言葉で説明するのは、自然なことです。

では、その説明を、取締役会はどんな視座で聞けばよいのでしょうか。

取締役会は、一段高い視座から3つを問う

取締役会は、執行の説明を受けたうえで、全社の戦略と資源配分という一段高い視座から、3つを問うとよいと考えます。全社の戦略の中で、なぜ今この投資を優先するのか。投資に見合う変化が、結果の手前で出始めているか。届かなかったとき、原因は計画の前提にあったのか、次の資源配分をどう変えるのか。この3つです。

取締役会が人事方針の説明を聞く3つの視点(戦略とのつながり・途中経過の数字・届かなかったときの分析)
執行の説明と取締役会の問いのずれ(CGコード原則4-1・4-2の考え方をもとに筆者作成)

※画像はクリックで拡大できます

なぜ今、この人への投資を優先するのか

執行の説明は、「この方針は〇〇事業の目標のためにある」という事業の単位になりやすいものです。それ自体は大切な説明です。取締役会は、その一段上から、全社の戦略の中で、ほかの事業や設備への投資と比べて、なぜ今この人への投資を優先するのかを問います。CGコードが、成長投資や事業ポートフォリオの見直しなどの経営資源の配分を取締役会の役割に挙げているのは、この目線だと考えます。

行き先がはっきりしない施策は、一つひとつは成果でも、足し合わさらないことがあります(以前の記事:「クイック・ウィンで行きましょう」は、どこへ向かう一歩なのか)。

投資に見合う変化が、結果の手前で出始めているか

執行の説明は、研修の受講者数や制度を導入したことなど、施策の実施状況に寄りやすいものです。一方で、離職率やエンゲージメントスコアのような結果の数字だけを問うと、現場は数字そのものを上げにいきます(以前の記事:エンゲージメントスコアは上げにいくものではない)。

取締役会が聞きたいのは、その間です。結果が出るまでには時間がかかるので、その手前で、方針に沿った行動が現場で増え始めているか、それが投資に見合う大きさかを問います。新しい役割に手を挙げた人の数や、現場に任せた判断の件数のように、途中経過を示す数字があるかどうかです(筆者の例)。

未達の原因は、計画の前提にあったのか

CGコードが直接定めているのは中期経営計画についてで、目標未達に終わった場合、その原因と自社が行った対応を十分に分析して株主に説明し、その分析を次期以降の計画に反映させるべきだとしています(原則4-1の解釈指針)。人への投資の目標に届かなかったときも、この考え方を借りることができます。

執行の説明は、届かなかった原因と、行った対応が中心になりやすいものです。取締役会は、その原因が計画の前提にあったのかを問います。たとえば、方針に合う評価や業務の流れが用意されていなかった、という仕組みの側の原因なら、現場の努力では埋まりません。面談の記事で、成果が出ない原因を能力・意欲・機会に分けて見たのと同じで、組織の単位でも機会の側を見るということです。そのうえで、次の計画で資源の配分をどう変えるのかまで聞きます。

では、問われる執行の側は、何を備えておけばよいのでしょうか。

執行は、方針から結果までのつながりを示せるようにする

方針・仕組み・行動・結果を、一覧で示せるようにする

3つの視点で問われたとき、執行が答えに詰まるのは、方針と結果の間がつながって見えていないときです。方針に合わせて、評価・業務の流れ・システムのどこを変えたのか。その結果、現場のどんな行動が変わり、どの数字に表れたのか。このつながりを一覧にしておけば、取締役会への説明にそのまま使えます。一覧の作り方は、以前の記事(人事方針を変えるとき、どこまで変えればいいのか)で紹介しています。

納得できない説明には、社外取締役が反対意見を述べる

CGコードは、経営陣の説明が是認できないものである場合には、反対意見を述べることも、独立社外取締役が役割・責務を適切に果たすうえで必要だとしています(原則4-8の解釈指針)。実務指針も、取締役会を活性化させる工夫の一つとして、経営陣に対応を求めた事項の事後のフォローを挙げています。問いっぱなしにせず、求めた対応がどうなったかを、その後の取締役会などで確かめることも大切です。

こうして見ると、取締役会の問いは、執行にとってどんな意味を持つのでしょうか。

筆者の考え:取締役会の問いは、執行が考え直すきっかけになる

取締役会が人事方針を問うと聞くと、執行や人事が責められる場面を思い浮かべるかもしれません。けれど、3つの視点の問いは、執行が自分で計画を直していくための材料になると考えています。実務指針が、経営陣と適度な緊張感と距離感を保ちつつ、信頼関係を築くことを心得に挙げているのも、そのためではないでしょうか。

人への投資が成果につながるまでには、方針を出す人、仕組みを持つ人、現場で動く人が関わり、それぞれ持ち場が違います。その全体のつながりを、一つの場で問えるのは、取締役会ならではの強みです。人事方針が取締役会の議題になったら、細部に入る前に、まず3つの視点で聞いてみてはいかがでしょうか。説明する側の執行や人事の方にとっても、3つの視点で説明を組み立てておくことが、取締役会との建設的な対話につながるはずです。参考にしてもらえる場面があれば幸いです。

【セルフチェック】人事方針を取締役会で扱う5項目

取締役会で人事方針を扱うとき、問う側・説明する側のどちらからも使えるチェックリストです。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。

  • 全社の戦略の中で、その人への投資を優先する理由を言えるかほかの投資と比べて
  • 施策の実施状況ではなく、投資に見合う変化を示す数字があるか結果の手前の、現場の行動の変化
  • 届かなかったとき、計画の前提から見直しているか仕組みの側の原因と、次の資源配分
  • 方針から結果までのつながりを、一覧で示せるか評価・業務・システムの見直し
  • 取締役会が求めた対応を、その後に確かめているか問いっぱなしにしない

 

用語メモ

本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。

▶ コーポレートガバナンス・コード

上場会社が実効的な企業統治を行うための原則をまとめたものです。東京証券取引所が定め、原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン」の形をとっています。

▶ 監督と執行

執行は、経営陣が事業や業務を実際に進めることです。監督は、取締役会が執行の方向性や結果を確かめ、必要なら経営陣の選解任などを通じて正すことを指します。

▶ 解釈指針

2026年の改訂で新設された、各原則の具体的な内容や趣旨を説明する部分です。改訂では、コンプライ・オア・エクスプレインの対象となる原則の内容を概念的・抽象的なものに絞り、解釈指針はその対象外とされました。

 



 

※本記事は2026年10月25日時点で確認できた公開情報をもとに、筆者の考えを加えてまとめたものです。CGコードには人事方針の監督を直接定めた原則はなく、本記事の3つの視点は、原則4-1・4-2・4-8などの考え方をもとに筆者が整理したものです。議題の例や途中経過の数字の例は、筆者が挙げた一般的な例です。DOCI 2026の数値は、調査元が暫定値としているものです。個別の会社の取締役会運営についての助言ではありません。

-人的資本・ウェルビーイング経営
-, , ,

© 2026 コーチングシップス - coachingships.com Powered by AFFINGER5