CGコード改訂案2026には、多様性に関する規定が2つあります。原則4-13(取締役会の構成)と原則2-2(社内中核人材の登用)です。
第1本目の記事「CGコード5年ぶり改訂案 ― 人的資本投資と取締役会の多様性が問われる時代へ」では、この2つのレイヤーがあることを紹介しました。
本記事では、この2つの規定をどう捉えるべきかを整理します。結論を先取りすれば、対象範囲は違うけれど、目的は同じ。なので一体の戦略として組み立てるという発想が、改訂案2026を実務に活かす鍵となります。
※本記事は2026年4月10日に金融庁・東京証券取引所が公表した改訂案に基づきます。パブリックコメントは2026年5月15日に終了し、今年度夏に新コードの適用が見込まれています。原則の付番や文言は最終確定版で変更される可能性があります。
Contents
多様性は何のために必要か
多様性は手段、目的は企業価値の向上
そもそも、多様性はなぜ必要なのでしょうか。
多様性そのものが目的ではありません。多様性は、企業価値向上のための手段です。手段である以上、何のために使うのかを意識しないと、「数合わせ」に陥ります。
企業価値向上のために、多様性が果たす役割は3つあると考えます。
役割1:判断の質を高める
同質的な集団では、判断材料・視点が偏ります。同じ業界で同じキャリアを歩んできた人だけで構成された経営チームは、似たような前提・似たような発想で経営判断を下しがちです。
多様な視点があることで、見落とされていた論点が拾い上げられます。経営戦略の策定や経営判断において、あらゆる観点からの検討が可能になります。
これは、判断の質を高めるという意味で、多様性の最も重要な役割です。
役割2:リスクヘッジ ― 不正の防止
同質集団では、不正・違法行為が見過ごされやすくなります。全員が同じ前提・同じ価値観を共有していると、誰も「これはおかしい」と声を上げません。
多様な視点があることで、「これは違うのではないか」「この判断には問題があるのではないか」と異議を唱える人が現れます。
これは、ガバナンス・コンプライアンス上の重要な意義です。近年の企業不祥事の多くは、同質的な経営チームが「内輪の論理」で判断を続けた結果として起きています。多様性は、この種のリスクを構造的に減らす仕組みでもあります。
役割3:イノベーションの創出
同質集団では、既存の発想の枠を超えにくくなります。「うちの業界ではこれが当たり前」「いつもこうしてきた」という前提を、誰も疑わないからです。
異なる経験・属性を持つ人材が加わることで、新しい組み合わせが生まれます。経営戦略の革新、新規事業の発案、業務プロセスの改善など、あらゆる場面でイノベーションの可能性が広がります。
これら3つは、執行と監督の両側で必要
ここで重要なのは、判断の質・リスクヘッジ・イノベーションの3つは、経営判断が行われるあらゆる場面で必要だということです。
経営判断は、執行(経営陣・現場)と監督(取締役会)の両方で行われます。日々の事業運営の判断は執行ラインで、戦略的な方向付けや経営陣の監督は取締役会で。
どちらの側でも、判断の質・リスクヘッジ・イノベーションは同じように必要です。片側だけ多様性を確保しても、もう片側が同質的なら効果は限定的です。
つまり、多様性は執行と監督の両側で確保される必要があるということになります。
改訂案2026の2つの規定 ― 対象範囲が違う
では、CGコード改訂案2026は、この多様性をどう規定しているでしょうか。冒頭で触れた通り、2つの原則に分かれています。
原則4-13:取締役会の構成
取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性、経歴、年齢、文化的背景の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべき(以下略)
原則4-13は、取締役会の構成に関する規定です。
知識・経験・能力のバランスと、ジェンダー・国際性・経歴・年齢・文化的背景といった属性多様性の両方を求めています。「経営戦略や経営計画を実行・実現するため」という観点から、自らが備えるべきスキルを特定するという考え方が、解釈指針で示されています。
原則2-2:社内中核人材の登用
上場会社は、ジェンダーや国際性、経歴(中途採用を含む)、年齢、文化的背景やこれらに限られない観点から、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を決定するとともに、その状況を開示すべき(以下略)
原則2-2は、社内中核人材の登用に関する規定です。
ジェンダー・国際性・経歴・年齢・文化的背景といった属性多様性の確保を求めています。「これらに限られない観点」とあり、属性以外の観点も含む含意があります。
なお、改訂案2026では「年齢」「文化的背景」が新たに追加されました。多様性の対象が、従来の「ジェンダー・国際性・経歴」から広がったことになります。
補足解説:「執行」と「監督」とは
▶ 「執行」と「監督」の機能区分
「取締役」と一口に言っても、業務執行に関わる取締役(業務執行取締役)と、関わらない取締役(非業務執行取締役)があります。社外取締役は会社法上、業務執行取締役にはなれません。
執行は社内の業務執行取締役と経営陣が担い、監督は取締役会全体(業務執行・非業務執行とも)が共同で担います。
本記事では「執行」と「監督」を、機能としての区分として用います。
多様性の中身は、両原則とも共通している
2つの原則を並べて読むと、見えてくることがあります。
両原則とも、知識・経験・能力と属性の両方を視野に入れています。ジェンダー・国際性・経歴・年齢・文化的背景という属性の例示も、両原則で共通しています。
違うのは対象範囲だけです。原則4-13は取締役会の構成、原則2-2は中核人材の登用。統治機構の構造上、執行と監督が分かれているので、規定が分かれているのは自然なことです。
多様性の目的(判断の質・リスクヘッジ・イノベーション)も、目指す方向(企業価値の向上)も、両原則で同じです。
取締役会の多様性は、本来、社内中核人材から育つ
2つの原則の対象範囲は違うけれど、目的は同じ。ここまでは整理できました。
では、両者はどう連動するのでしょうか。
本来のキャリアパス
本来、企業の中での人材の流れは次のようなものです。
- 社内中核人材プール(多様な属性の人材)
- ↓
- 経営幹部・執行役員(実務経験を積んだ人材)
- ↓
- 業務執行取締役(執行を担う取締役)
- ↓
- 退任後、社内の非業務執行取締役・他社の社外取締役へ
本来であれば、このパイプラインを通じて、社内中核人材の属性多様性が、取締役会の知識・経験・能力のバランスにも反映されていきます。
つまり、原則2-2の中核人材の属性多様性が、原則4-13の取締役会のバランスを支える本来の構造があるはずなのです。
しかし現状は、このパイプラインが機能していない
ところが、現状を見ると、このパイプラインが詰まっていることが分かります。
社内中核人材プールに、女性・外国人・中途採用者等が圧倒的に少ない。経営幹部・業務執行取締役の多様性も同様に不足しています。
結果として、社内出身の取締役だけでは、取締役会の属性多様性を確保できません。パイプラインが詰まっているか、そもそもパイプの入り口が狭い状態です。
だから社外調達に頼らざるを得ない
取締役会の多様性確保(特にジェンダー多様性)は、現状では社外取締役の調達で実現されています。女性社外取締役の需要急増は、この構造を反映したものです。
ただし、社外調達は業界全体の社外取締役プールの厚みに依存します。そして、そのプール自体が、各社の社内中核人材プールから供給されてきたものです。
つまり、業界全体で社内中核人材の多様性が確保されないと、社外取締役プールも長期的には枯渇します。現状は、1人で何社も掛け持ちしている状態が多く見られますが、将来的には行き詰まる構造です。
改訂案2026の2つの規定を一体で捉える意味
原則4-13と原則2-2は、対象範囲は違うけれど、長期的には連動していることが分かります。
・短期的に:取締役会の多様性は社外調達で補う(原則4-13への対応)
・中長期的に:社内中核人材プールを育てる(原則2-2への対応)
・この両輪が連動することで、本来のパイプラインが回復する
別々の論点として扱ってしまうと、この長期的な戦略が見えなくなります。「取締役会は社外取締役で多様性確保」「現場は社内育成で多様性確保」と分けて考えると、両者が連動しないからです。
一体で捉えると、戦略はどう組み立てられるか
「数合わせ」の発想からの脱却
「取締役会に女性を1人」「管理職に女性を◯%」という数合わせの発想は、2つの規定を別々に追っている時の典型的な対応です。
改訂案のコンプライ・オア・エクスプレインの観点でも、形式上はコンプライしていることになります。しかし、長期的なパイプラインは育ちません。来年も、再来年も、同じ問題に直面し続けることになります。
自社の経営戦略から逆算する
では、どう発想を切り替えればよいでしょうか。
出発点は、自社の経営戦略です。改訂案 原則4-13の解釈指針には「経営戦略や経営計画を実行・実現するため、自らが備えるべきスキル等を特定」という文言があります。スキル・マトリックスは、そのための逆算ツールとして位置づけられています。
この発想を、取締役会だけでなく、執行ラインにも展開します。
- 自社の経営戦略を実現するには、どんな取締役構成が必要か(原則4-13)
- そのために、どんな経営幹部・業務執行取締役が必要か
- そのために、どんな中核人材プールが必要か(原則2-2)
取締役会から逆算して、社内中核人材育成の戦略を組み立てる。これが「一体で捉える」ということの実務的な意味です。
短期と中長期の両輪戦略
戦略は両輪で組み立てます。
短期:社外調達で取締役会の多様性を確保する。今すぐ必要な多様性は、社外調達で補うしかない場面が多いはずです。エグゼクティブサーチや女性社外取締役育成プログラムなど、活用できる仕組みは整いつつあります。
中長期:社内中核人材プールを育て、本来のパイプラインを回復させる。これには時間がかかりますが、避けて通れない課題です。育成プログラム、評価基準の見直し、登用機会の設計など、地道な取り組みの積み重ねになります。
改訂案2026の方針「形式対応から実質対応へ」とも、この両輪戦略は整合します。形式的な数合わせではなく、実質的な人材戦略へ。これが改訂案2026の暗黙のメッセージだと、私は捉えています。
筆者の所感
改訂案2026の精読から見えてきたこと
原則4-13と原則2-2は、規定の対象範囲が違うので、別物として読みたくなります。
しかし、長期的に見れば、社内中核人材プールが取締役会の本来の供給源です。現状の社外調達は、パイプラインが詰まっているための応急処置にすぎません。応急処置を続けていても、業界全体のプールが枯渇すれば行き詰まります。
だから、応急処置と本筋の戦略を、両輪で組み立てる発想が必要です。
求められる視点
取締役会と執行ラインを別々に管理するのではなく、長期的な人材戦略として統合的に設計する視点が求められます。
人事担当者、経営企画、IR担当が、共通の軸(社内パイプラインの再構築)で連携することが必要です。それぞれが別々の論点として動いていては、長期的な戦略が組み立てられません。
形式的なコンプライから、実質的な人材戦略へ。改訂案2026のメッセージを実務に落とし込むには、この視点の転換が出発点になります。
一緒に学んでいきましょう。
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
▶ 中核人材
企業の経営や事業運営の中核を担う人材。経営幹部候補、部門長、専門領域のリーダーなど。改訂案2026の原則2-2では、この層の登用における多様性の確保を求めている。
▶ スキル・マトリックス
取締役会全体として備えるべき知識・経験・能力を一覧化した表。各取締役がどのスキル領域を担当しているかを可視化する。改訂案2026では、経営戦略から逆算して必要なスキルを特定する「逆算ツール」としての位置づけが明確化された。
▶ 機関設計(監査役会設置会社・指名委員会等設置会社・監査等委員会設置会社)
会社法が認める3つの主要な機関設計。日本企業の多くは監査役会設置会社を採用しているが、近年は指名委員会等設置会社や監査等委員会設置会社への移行も進んでいる。いずれの設計でも、取締役会は監督機能、経営陣は執行機能という役割分担がある。
▶ コンプライ・オア・エクスプレイン
CGコードの基本的な遵守方式。各原則について「コンプライ(実施する)」か「エクスプレイン(実施しない理由を説明する)」かを選択する。実施しない場合は、その理由を株主・投資家に説明する義務がある。
出典・参考情報
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※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言ではありません。本記事は2026年4月10日公表の改訂案を基にしており、最終確定版とは内容が異なる可能性があります。最新情報は金融庁・東京証券取引所の公式情報をご確認ください。