部下を育てるには、承認や励ましが大事。そう考えて、承認を増やす取り組みを進めている職場も多いのではないでしょうか。では、承認を増やせば、人は育つのでしょうか。職場の学びとフィードバックの研究から、育成の中で承認を何のために行うのかを考えます。
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承認を増やせば、人は育つのか
承認されると、期待以上に働こうと思う人は多い
承認の仕組みを提供するWorkhumanが、10か国のフルタイム従業員6,024人に聞いた2026年の調査では、承認されると期待以上の働きをしようと思うと答えた人が77%いました。ただし、これは本人の受け止めを聞いたもので、成長や成果を測ったものではありません。
「エンゲージメント」には、2つの意味がある
承認の効果はエンゲージメントの数字で語られがちですが、この言葉には主に2つの意味があります。学術研究でよく使われる「ワーク・エンゲイジメント」は、仕事に関連する、ポジティブで充実した心理状態を指し、活力・熱意・没頭の3つで表されます(Schaufeliら)。一方、Gallupの「従業員エンゲージメント」は、仕事と職場の両方に対する関与と熱意を指します。自社のサーベイがどちらに近いものを測っているかで、数字の意味は変わります。
物差しの中に、承認そのものが入っていることがある
Gallupが従業員エンゲージメントを測る12の設問(Q12)には、「この7日間に、良い仕事をして承認や称賛を受けたか」「この6か月間に、職場で自分の進み具合について話してくれた人がいたか」「この1年に、学び成長する機会があったか」といった項目があります。承認を受けた実感そのものを聞く設問があるため、承認の取り組みが実感につながれば、スコアにも表れる可能性があります。ただ、スコアが上がっても、それだけでは人が育ったかどうかは分かりません。
スコアを動かす前に、促したい行動を決める
以前の記事(エンゲージメントスコアは"上げにいく"ものではない)で、スコアは組織の状態を知る体温計のようなものだと書きました。体温計の数字を上げることを目標に置くと、「部下のどんな行動を変えたいのか」というそもそもの問いが抜け落ちやすくなります。まず促したい部下の行動を決め、それに効く上司の関わりを選び、スコアは結果として確かめる。この順番の方が、狙いがぶれにくいと考えます。
では、人が育つことと最も強く関わっていたのは、どんな関わりだったのでしょうか。
成長の実感と最も強く関わったのは、内省支援だった
職場の育成力が落ちているという問題意識から始まった
中原淳氏の論文(2012年、日本労働研究雑誌)は、1990年代後半以降、フィードバックする人の不足や管理職の多忙で、職場が人を育てる力が落ちているという問題意識から始まっています。論文で紹介されている2008年の調査では、日本企業43社の18〜35歳の社員2,304人を対象に、職場の誰からのどんな支援が、本人の能力が伸びたという実感と関わっているかを分析しています。
3つの支援のうち、内省支援の影響が最も強かった
研究では、職場の支援を、業務に関する助言や指導を行う「業務支援」、客観的な意見を伝えたり振り返りを促したりする「内省支援」、精神的な安らぎや励ましを与える「精神支援」の3つに分けています。
分析の結果、上司からは精神支援と内省支援、上位者・先輩からは内省支援、同僚・同期からは業務支援と内省支援が、能力向上の実感と関わっていました。中でも内省支援の影響が最も強く、上司からの業務支援は、関わりが見られた支援に入っていませんでした。上司が仕事を教えなくてよいという意味ではありません。
論文には「承認」という言葉は出てきません。承認は、励ましとして伝えれば精神支援に、行動への客観的な意見として伝えれば内省支援に近くなると、私は考えています。
ただし、成長の実感は成果そのものではない
この研究が測っているのは、本人が感じた能力の伸びです。紹介した分析では、どの方向に伸びたのか、実際の業績につながったのかまでは確かめていません。
では、承認が成長や成果につながるのは、どんなときなのでしょうか。
人柄への称賛だけでは、次の行動につながりにくい
調べられたフィードバックの3分の1以上が成果を下げた
クルーガーとデニシは、フィードバックの効果を調べた研究をまとめて分析しました(1996年)。フィードバックは平均すると成果を高めていましたが、調べられたフィードバックの3分の1以上は、成果をむしろ下げていました。下がりやすいのは、注意が目の前の課題から「自分自身」に向いたときです。
人に向けた褒め言葉が効きにくい2つの理由
研究からは、主に2つの理由が考えられます。1つめは、自分に注意が向くと、課題への注意が弱まることです。2つめは、次に何をすればよいかの情報が含まれないことです。学校の授業を中心に研究をまとめたハッティとティンパーリーは、フィードバックを課題、課題の進め方(プロセス)、自分で調整する力、人の4つのレベルに分け、人に向けたもの(多くは褒め言葉)は効果が低いことが多いとしています(2007年)。
小学5年生を対象にした実験では、「頭がいいね」と能力を褒められた子どもは、努力を褒められた子どもに比べて、失敗したときに能力不足のせいだと考えやすく、続けたい気持ちや成績が下がりました(Mueller & Dweck、1998年)。大人の職場で確かめた研究ではありません。
資質に触れること自体が悪いわけではないと考えます。たとえば「締め切り前に関係者へ確認を回してくれたので、手戻りが防げました。責任感の強さが、こういう形で効いていると思います」のように、資質を行動と成果に結びつけて伝えると、次に続ける行動まで伝わります。
向かう先がないと、フィードバックは効きにくい
ハッティとティンパーリーは、良いフィードバックは「どこへ向かっているか」「今どこまで来たか」「次に何をするか」の3つの問いに答えるとしています。目標設定の研究をまとめたロックとレイサムも、具体的で難しい目標は、一般に「ベストを尽くせ」と促すより高い成果につながり、目標に対する進み具合のフィードバックと組み合わせると、目標だけより効果が高いとしています(2002年)。新しく複雑な課題では、成果の目標より、やり方を学ぶ目標の方が効くとも述べています。
では、育成の中で、承認は何を目指して行えばよいのでしょうか。
承認の目的は、良い行動の基準を部下に移すこと
研究を並べると、承認は、人を褒めることより、目標に照らして「どの行動が、どう良かったか」を伝えるときに、成長の支えになると考えられます。そして承認の目的は、エンゲージメントの数字を上げることではなく、部下が「この行動は目標に対して良いか」を自分で判断できるようにすることにあると、私は考えます。
上達には、自分で基準と比べる力が要る
評価の研究で知られるサドラーは、人が上達するには、目指す基準を本人が理解し、今の自分の出来をその基準と比べ、差を埋める行動をとれることが、同時に必要だとしています(1989年)。教える側の役割は、評価のための知識を学ぶ側に移し、自立できるようにすることで、その移行は自然には起こらないとも述べています。教室での評価を論じた理論的な論文ですが、職場の育成にも通じる考え方だと思います。
振り返りは部下から話し、上司は基準のずれを返す
基準を部下に移すには、評価する順番を変える方法があります。まず部下が、目標に照らして、どの行動が良く、どこを改善すべきかを自分の言葉で話します。上司は、その振り返りが基準に合っているかを返します。合っていればそれを認め、ずれていれば上司の見方も伝え、対話を通じて判断の基準をすり合わせます。私がこれまで経験した職場でも、定期的な対話はこの順番で行っていました。
この形では、承認する対象が、行動そのものから、部下の判断の確かさへと広がります。上司が先に良し悪しを言ってしまうと、部下は基準と自分を比べる機会を失います。上司の役割は、毎回良し悪しを判定することより、判断の基準を部下に移すことだと考えます。
育成の流れの中に、承認を組み込む
承認を、育成と別の施策として行う必要はありません。期初の目標設定から期末の評価まで、育成の流れの中に組み込めます(図1)。

※画像はクリックで拡大できます
期初に、目標と「良い取り組み」の基準を部下と一緒に決めておくと、期中の承認も期末の評価も、同じ基準に照らして行えます。自立は育成の前提ではなく、ゴールです。
では、忙しい管理職が、これを続けるにはどうすればよいのでしょうか。
筆者の考え:承認はレバー、見るのは部下の変化
上司の行動は手段、部下の行動の変化が結果
上司の承認や問いかけは、育成のレバーです。承認の回数や1on1の実施率は、レバーを引いたかの確認で、育成の結果ではありません。育成の結果として見たいのは、期初に決めた基準に照らして、部下の行動がどう変わったかです。その先に、業績があります。
部下が自分の行動を説明できるかを見る
Workhumanの同じ調査で、回答した管理職のうち、部下を効果的に支える時間と資源の両方があると答えた人は47%でした。上司が部下の仕事をすべて見て承認するのは難しいでしょう。
部下が先に振り返りを話す形なら、上司はすべてを見ていなくても、その説明に応える形で承認やフィードバックができます。会う回数が少ない部下とも続けやすくなります。中原氏の研究では、先輩や同僚からの内省支援も成長の実感と関わっていました。基準をチームで共有すれば、振り返りの支え手は上司1人ではなくなります。
ただ、こうした関わりを方針に掲げても、評価や帳票、対話の時間といった仕組みが合っていなければ、現場には根づきにくいものです。方針と仕組みのすき間については、育成方針が現場に根づかないのは、管理職のせいなのかで整理しました。
もし承認の取り組みを始めるなら、承認の回数より先に、部下にどんな行動の変化を期待するかを言葉にしてみてはいかがでしょうか。参考にしてもらえる場面があれば幸いです。
【セルフチェック】育成に承認を組み込む6項目
この記事の考え方を、自社の育成や承認の取り組みに当てはめてみるためのチェックリストです。正解を出すためのものではなく、立ち止まって考えるためのもの。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。
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承認の取り組みを始める前に、部下のどんな行動の変化を促したいかを言葉にしているか取り組みの出発点
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期初に、目標だけでなく「良い取り組み」の基準を部下と話しているか向かう先
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承認するとき、人柄ではなく、目標に照らした行動を伝えているか何が、どう効いたか
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振り返りを部下から先に話してもらい、上司は基準とのずれを返しているか上司が先に良し悪しを言わない
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部下が、自分の取り組みを基準に照らして説明できるようになっているか自立の度合い
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育成の成果を、承認の回数ではなく、部下の行動の変化で見ているかレバーと結果を分ける
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
▶ 内省支援
中原淳氏の研究で使われた分類の一つです。仕事のやり方について客観的な意見を伝えたり、振り返りを促したりする関わりを指します。
▶ ワーク・エンゲイジメント
仕事に関連する、ポジティブで充実した心の状態です。活力・熱意・没頭の3つで表されます。仕事と職場の両方への関与と熱意を捉えるGallupの「従業員エンゲージメント」とは、定義も測り方も異なります。
▶ メタ分析
同じテーマを調べた複数の研究の結果を集めて、全体としての傾向を分析する方法です。
Kluger & DeNisi (1996) "The Effects of Feedback Interventions on Performance" Psychological Bulletin 119(2), 254–284
Hattie & Timperley (2007) "The Power of Feedback" Review of Educational Research 77(1), 81–112
Mueller & Dweck (1998) "Praise for Intelligence Can Undermine Children's Motivation and Performance" Journal of Personality and Social Psychology 75(1), 33–52
Locke & Latham (2002) "Building a Practically Useful Theory of Goal Setting and Task Motivation" American Psychologist 57(9), 705–717
Sadler (1989) "Formative Assessment and the Design of Instructional Systems" Instructional Science 18, 119–144
※本記事は2026年10月24日時点で確認できた研究論文や調査をもとに、筆者の考えを加えてまとめたものです。職場の調査は関連を示したもので、実験研究の多くは子どもや実験室の課題を対象にしています。いずれも、職場での承認の効果を直接確かめたものではありません。図1は筆者が整理した実務モデルです。