人的資本・ウェルビーイング経営

AI時代のハードワークとは何か ― 「原則出社」から、深く考え、難しい判断を引き受ける働き方へ

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「原則出社」で会社が求めているのは、判断の速さとチームへの関わりです。では、AIの時代に、その目的を果たしながら、人はどんな「ハード」を引き受ければよいのでしょうか。

この記事では、AIで仕事の文脈の引き継ぎがどう変わるかを見たうえで、AI時代の「ハードワーク」の中身と、働き方の設計を考えます。

AIで、速さを「その場」以外から得られるようになる

近くにいる速さは、聞かれる側の時間と引き換え

近くにいれば、相談を呼び出す手間がほぼなくなり、判断と実行のサイクルを速く回せます。原則出社の大きな強みです。

一方でそれは、聞かれる側の時間を何度も切ることでもあります。研究では、近くで働くと、経験のあるエンジニアが書くコードの量が減っていました。若手の指導に時間を使っているためと考えられています。出社が成果と人材にどう効いているかは、別の記事(「原則出社」は増えている。それで成果と人材は守れるのか)で、調査と研究から確かめています。

AIが、人に聞かないと分からなかった情報を取り出し始めた

Metaのマーク・ザッカーバーグCEOは、何層もの社員を通さないと得られない情報を速く取るためのAIエージェントの開発を進めていると報じられました(2026年3月、ウォール・ストリート・ジャーナル)。

「前はどう決めたんだっけ?」という小さな確認をAIに聞けるようになれば、人を呼び出さずに済みます。「その場にいないと分からない」は減っていきます。人にしか答えられない相談なら、オンラインで呼び出せば足ります。

では、AIが速さを支えるようになったとき、人に残る「ハード」は何でしょうか。

AI時代に人に残る「ハード」は、深い思考と判断

AIが作業と文脈の引き継ぎを担うほど、人に残る「ハード」は、深く集中して考えることと、答えのない判断を引き受けることになります。この2つが、AI時代のハードワークの中身です。

深く集中して考える ― 『DEEP WORK』

「ハードワーク」は、英語では、身体的にも精神的にも大きな努力を要する仕事を指す日常の言葉です。日本語では、長時間労働の意味で使われることもあります。何をもってハードワークとするかは、一つに決まっているわけではありません。

カル・ニューポートは『大事なことに集中する(原題:DEEP WORK)』で、気を散らさずに集中して、頭を限界まで使う難しい仕事に取り組む「ディープ・ワーク」こそが価値を生む、と論じています。AIが作業を担うほど、問われるのは、どれだけ深く考えたかになります。

 

答えのない判断を引き受ける ― 『HARD THINGS』

ベン・ホロウィッツの『HARD THINGS』は、マニュアルでは解けない経営の難問、たとえば目標に届かなかったときのレイオフや、幹部の解雇に、経営者がどう向き合うかを描いた本です。ホロウィッツは、CEOの仕事の孤独さを率直に語っています。

判断の前には、人の力を借りられます。それでも、自分が引き受けた判断の結果からは逃れられません。AIエージェントに仕事を任せるほど、人の仕事は、判断し、その結果を引き受けることが中心になります。ホロウィッツが描いたような答えのない判断は、経営者だけでなく、多くの働く人の仕事になっていくのではないでしょうか。

 

では、この2つの「ハード」に合わせると、働き方はどう設計すればよいのでしょうか。

判断は一人で引き受け、その前後を人と支える

働き方は、出社の日数で決めるのではなく、この2つの「ハード」で設計します。一人の時間は、深く考え、判断を引き受けるために使います。人との協働は、判断の前と後に使います。判断の前に異なる視点を集め、判断の後に決めたことを伝えて、一緒に動くためです。その多くはオンラインでもできます。対面は、相手の人となりや価値観を知る場面に使います。

一人の時間は、深く考え、判断するために守る

資料づくりや分析、設計のように集中が要る仕事は、在宅や集中できる環境のほうが進みます。

判断も同じです。十分な情報を集めたうえで、一人で考え抜くほうが、判断の質は上がります。その場の空気に流されても、情報が足りなくても、判断の質は落ちてしまいます。

だから、この時間を会議や通知で細切れにしないこと。深く考える時間を守ることが、そのまま成果を守ることになります。

判断の前と後は、オンラインでも人と支えられる

判断の前には、材料を集め、異論を聞き、自分にない視点を入れる。判断の後には、決めたことと理由を伝え、納得してもらい、一緒に動く。どちらも、一人の視点だけで決めないための人との協働です。

こうした会議の多くは、オンラインでも十分にできます。5か国の1,490人を2人1組にした実験(2022年、科学誌Natureに掲載)では、アイデアを出す量は対面のほうが多かった一方で、出たアイデアから良いものを選ぶ力には、対面とビデオ通話で差が見られませんでした。少なくとも、出たアイデアから選ぶ場面では、集まらなくても判断の質を保てる可能性があります。

対面は、人となりと価値観を知るために使う

ソフトウェア企業のAtlassianは、分散して働くチームが対面で集まったあと、社員が感じるつながりの強さが27%高まり、その効果が4〜5か月続いたと報告しています(同社の調査、2024年)。効果が特に大きかったのは、新卒や入社したばかりの人でした。

私は、対面が生きるのは、相手の人となりや、根っこにある価値観を知る場面だと考えています。毎日集まらなくても、目的を持って集まれば、信頼の土台はつくれます。その土台があるから、ふだんのオンラインでの協働も進むのではないでしょうか。

判断を引き受けるのは、上の役職だけではない

AIエージェントに仕事を任せるようになると、メンバー一人ひとりも、AIが出してきたものを「これで良いか」と判断する立場になります。判断する人は、上の役職だけではなくなります。

組織心理学のハックマンとオールダムは、仕事の進め方を自分で決められる度合い(自律性)が、仕事の結果に対する責任感を生み、ほかの条件とともに内側から湧く意欲を支えると考え、「職務特性モデル」として示しました。AIに任せられる仕事が増える今、メンバーが自分で考え、判断できる裁量をどう設計するかが、より重要になるのではないでしょうか。

そのためには、どこまで任せるかを決め、判断の材料に手が届くようにし、判断の仕方を伝えることが要ります。部下が自分で判断できるようにする育成は、以前の記事(承認は何のためにするのか ― 部下が「良い行動か」を自分で判断できるようにする育成のかたち)でも扱いました。

もう一つ、近くにいると、問いを整理しなくても聞けてしまいます。けれども、何が分かっていて、何を明らかにしたいのかを言葉にしてから聞く力は、AIに指示を出す力とも重なります。原則出社は、この見えない努力を省いてしまうことがあるのです。

経営・人事・管理職が、それぞれ変えること

  • 経営:出社の目的を、仕事の種類で言葉にする。頑張りを、判断と成果で見る
  • 人事:対面の日を目的で設計する(関係づくり、価値観のすり合わせ、アイデア出しなど)。会議だけのための出社は求めない。経験者が若手の指導に使った時間を、評価に入れる
  • 管理職:決めたことと、その理由を、あとから誰でもAIで引き出せる形で残す

指導の時間を評価に入れないと、経験のある人ほど、出社を避ける理由ができてしまいます。また、AIの記録で仕事が見えるようになっても、それを監視に使わない設計が欠かせません。

原則出社から、AI時代のハードワークへ。文脈を人に持たせる働き方から、文脈をAIに持たせ、一人の時間で深く考えて判断し、判断の前後はオンラインでも人と支え、対面は人となりと価値観を知るために使う働き方へ
原則出社から、AI時代のハードワークへ(筆者作成)

※画像はクリックで拡大できます

では、こうした働き方を支える組織とは、どんな姿なのでしょうか。

筆者の考え:AI時代の「印象派」の働き方をつくる

19世紀に写真が広まり、見たものを正確に写すことは、写真にもできるようになりました。写真の普及も背景の一つとなり、印象派の画家たちは、光の移ろいや目に映った印象を、独自の色彩と筆づかいで描くことを追い求めました。

AIの時代のハードワークも、同じ方向にあるのではないでしょうか。作業はAIに任せ、人は深く考え、答えのない判断を引き受ける。そしてそれは、上の役職だけでなく、働く一人ひとりの仕事になっていきます。

当時の公式の展覧会(サロン)では、伝統的な主題や技法が重んじられ、印象派の画家たちの新しい表現は十分に評価されませんでした。そこで画家たちは1874年、自分たちで展覧会を開きます。古い物差しで認められるのを待つのではなく、新しい物差しを自分たちでつくったのです。

働き方も、同じではないでしょうか。「どれだけ長く、近くにいたか」という物差しで頑張りを測り続けるのではなく、どんな判断をし、何を生み出したかという物差しをつくる。それが、AI時代のハードワークを支える組織の仕事だと思います。

以前の記事(AI時代、人事は何から見直せばいいのか ― 組織設計の5つの要素で考える)でも触れたように、働く場所は、一人ひとりの成果を支える組織設計の一部です。仕事も生活も大切にしながら、力を出し切れる働き方を、仕組みで支える。それが、これからの人事の仕事だと考えています。

出社の方針や評価の仕組みを見直すとき、この記事を参考にしてもらえる場面があれば幸いです。

【セルフチェック】AI時代の働き方を支える仕組みは、自社にあるか

深く考え、判断を引き受ける働き方を支える仕組みが、自社にあるかを振り返るための5項目です。「仕組みはないが、人の頑張りで回している」項目があれば、そこが見直しの入口になります。

  • 決めたことと理由が記録され、AIで誰でも引き出せる人に聞かないと分からないことが、どれだけ残っているか
  • 深く考える時間を、会議や通知から守るルールがある会議を入れない時間帯や日があるか
  • メンバーが自分で判断してよい範囲が、決まっているAIの出した結果に「これで良い」と言えるのは誰か
  • 評価が、時間や出社日数ではなく、判断と成果で決まる若手の指導に使った時間も、成果として見ているか
  • 対面で集まる目的が決まっていて、会議だけのための出社がない関係づくり、価値観のすり合わせ、アイデア出し

 

用語メモ

本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。

▶ ディープ・ワーク

カル・ニューポートが示した考え方で、気を散らさずに集中して、頭を限界まで使う難しい仕事に取り組むことを指します。新しい価値を生み、他の人にはまねしにくい仕事とされます。

▶ AIエージェント

人の指示を受けて、調べものや資料づくり、情報の整理などを、ある程度自分で判断しながら進めるAIのことです。

 

出典





J. Richard Hackman, Greg R. Oldham『Work Redesign』(Addison-Wesley、1980年)


カル・ニューポート『大事なことに集中する―気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法』(門田美鈴訳、ダイヤモンド社、2016年)


ベン・ホロウィッツ『HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか』(滑川海彦・高橋信夫訳、日経BP、2015年)

 

※本記事は、2026年10月時点の公開情報・書籍の記述をもとにした一般的な情報提供です。海外企業の事例は報道に基づくものです。自社の働き方や評価制度の見直しを検討する際は、専門家にご相談ください。

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