人的資本レポートは、出さなくても怒られないのに、出す会社が年々増えています。空欄や「検討中」まで載せたカルビーの2冊目(2026年9月公開の「Human Capital Report 2026」)を、何のために出して何を書くのかを探りながら、6つの段階で読んでいきます。
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人的資本レポートは、義務ではないのに出す会社が増えている
人的資本レポートは、会社が任意で出す人材戦略の報告書である
人的資本レポートは、会社の人材戦略と施策、その進み具合を表す数字を1冊にまとめた報告書です。「Human Capital Report」「人的資本報告書」など、呼び方は会社によって違います。
法律で記載が求められているのは、有価証券報告書です。2023年3月31日以後に終了する事業年度から、人材育成の方針、社内環境整備の方針、それらの指標と目標を書くことになりました。また、女性活躍推進法等に基づいて公表している会社については、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間の賃金差も、有価証券報告書への記載が求められます。
さらに、2026年3月31日以後に終了する事業年度からは、連結ベースの企業戦略と関連づけた人材戦略、従業員給与等の決定方針、平均給与の対前年比増減率なども記載することになりました。
人的資本レポートは、これとは別に、会社が自分の判断で出すものです。レポートの発行そのものは、法令上の義務ではありません。
出した会社は、社内外との対話の材料にしようとしている
義務でもないのに、なぜ出すのでしょうか。日経ESGの記事(2024年7月)とカルビーのレポートから、出した会社が挙げている理由の例を紹介します。
- 対話の相手から、指摘をもらう:アサヒグループホールディングスは、報告書を社内外との対話に使う道具と位置づけ、できていないことも含めて伝えると、役に立つ指摘が返ってくると考えています。エーザイは、下がっているデータなど都合のよくない情報も載せ、足りていないところを評価してもらうことを狙いに挙げています
- 数字で見せて、社内の行動につなげる:日清食品ホールディングスは、数字にして見せると、社内が考えて行動するようになると説明しています。カルビーは、レポートの発行を情報開示にとどめず、従業員が理解して日々の行動につなげることを重視し、レポートを題材にした社内の勉強会を開いています
どの例にも共通しているのは、良く見せるためというより、話す材料や指摘、行動のきっかけを得るために出している点です。
ただ、効果が確かめられているわけではありません。発行と株価や採用との関係を検証した資料は、確認した範囲では見つかっていません。ワークスアプリケーションズのように、レポートの公表後に中途採用の応募者が前の年の3倍になったと発表している会社はあります。ただ、これは会社自身の発表で、レポートの効果だけを取り出して確かめたものではありません。
出さないという選択も成り立ちます。人的資本の情報は、有価証券報告書と統合報告書でも伝えられます。継続して発行するなら、数字が悪くなった年にも向き合うことになります。
つまり、人的資本レポートは、誰と何を話したいかが決まっている会社にとって意味のあるものです。
出す会社は、2022年の8社から2025年は55社に増えた

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人的資本コンサルティングを手がけるコトラの調べでは、人的資本レポートを出す会社は年々増えています。この集計は、ダイバーシティのレポートや自治体の人材戦略なども含めて、広く数えたものです。2026年10月1日時点では、累計で78の企業・組織が一覧に載っています(一部は現在非公開)。これは一覧に載っている企業・組織の数で、各年の数字を足したものではありません。
食品では、アサヒグループホールディングス、サントリーホールディングス、日清食品ホールディングス、カルビーが出しています。銀行では、3つのメガバンクグループがそろいました。
ただし、このうち東証プライム上場の会社は38社です。上場会社全体から見れば、出している会社はまだ一部です。
型が決まっていないので、何を書くかは会社が決めることになる
有価証券報告書には、決まった様式があります。人的資本レポートには、それがありません。ページ数も構成も、会社ごとに違います。
自由に書けるというのは、うれしい反面、何を書くかを自分で決めるということでもあります。では、何から書き始めればよいのでしょうか。
書く内容は、経営戦略から経営成果までの6つの段階で整理できる
手がかりは、国が出している指針の中にあります。
国の指針は、経営戦略と人材戦略の連動を重視している
経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月公表)は、人材戦略を経営戦略と連動させることを、最も重要な視点に置いています。経営戦略の実現に必要な人材の質と量を、将来の目標から逆算して決める、という考え方です。
このレポートは、あるべき姿と今の姿の差を、数字でつかむことも重要だとしています。人材の差は短い期間では埋まらないことが多いので、達成までの期間を決めて取り組みを続ける姿勢が大事だとも書いています。
内閣官房の人的資本可視化指針も、可視化の前提に、経営戦略と連動した人材戦略を置いています(人的資本可視化指針の改訂を扱った記事)。先ほど触れた有価証券報告書の新しい記載事項も、人材戦略を企業戦略と関連づけて書くことを求めています。
6つの段階に分けると、自社がどこまで書けるかが分かる
そこで本記事では、人材版伊藤レポート2.0の考え方をもとに、書く内容を次の6つの段階に整理します。この分け方は、筆者によるものです。
- 経営戦略:会社はどこで成長しようとしているのか
- 人材ポートフォリオ:その戦略に、どんな人材が何人必要なのか
- 獲得・育成:その人材を、どうやって採り、育てるのか
- 配置と活用:育てた人は、どの仕事で力を使っているのか
- 組織への波及:その人の知見は、まわりに広がっているのか
- 経営成果:事業の成長や生産性に、どうつながったのか

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前半の3つは、これからの計画です。後半の3つは、やってみた結果です。後半に進むほど、書くのは難しくなります。結果を数字で追う仕組みが要るからです。特に最後の経営成果は、人材の指標と事業の数字を結びつける必要があるので、いちばん難しい段階です。
カルビーのレポートは、数字と課題の両方を出している
先進事例として、カルビーを見ていきます。カルビーが初めてレポートを出したのは2025年9月で、2026年9月25日に2冊目を公開しました。2冊目では、成長戦略に合わせた人財ポートフォリオ戦略が新しく加わっています。
このレポートを選ぶ理由は、数字と課題の両方が載っていることです。実績がまだない指標は空欄のまま、決まっていない目標は「検討中」のまま載っています。そのため、6つの段階のどこまでが書けていて、どこからがこれからなのかが読み取れます。
この6つの段階を、カルビーはどこまで埋めているのでしょうか。
カルビーは、戦略から必要な人財を決め、育成の手段まで示している
前半の3つの段階は、順番にたどれます。出発点は、前の成長戦略の振り返りです。
前の3か年の戦略を振り返り、人財育成の遅れを課題に挙げている
カルビーは2026年3月に、2035年に向けた成長戦略「Accelerate the Future」を発表しました。その資料の中で、前の3か年の戦略を振り返っています。数値計画は累計で届かず、3年間の取り組みは株価の向上に結びつかなかった、という内容です。
数値計画が届かなかった理由として資料が挙げているのは、2025年の北海道産ばれいしょの不作です。あわせて、海外や新しい領域に挑戦する人財と、DX人財の育成が道半ばだったことを、課題に挙げています。
新しい戦略は、国内事業の収益性向上、海外事業の成長、新領域の拡張という3つの方向を掲げています。海外と新カテゴリの売上高の比率を、今の約30%から、2036年3月期に50%にすることが目標です。
3つの成長の方向から、4つのコア人財を決めている
レポートは、この3つの方向から逆算して、優先して増やす4つのコア人財を決めています。DX人財、アグリ領域専門人財、グローバル人財、β(ベータ)人財の4つです。
4つの人財それぞれについて、戦略がその人財にどう頼っているか、足りないと何が起きるか、どう育てるか、何の数字で追うかが、1枚の表にまとまっています。
β人財という言葉には、説明が要ります。カルビーは、求める人財像を2つ定めています。日々の工夫と改善を積み重ねて次につなぐα(アルファ)人財と、これまでの枠を超えて新しい領域を切り拓くβ人財です。2026年版のレポートは、この2つは従業員を分類するための言葉ではなく、全員が両方の要素を持つと説明しています。
4つの人財がどの程度重なるのか(たとえば、DX人財でありβ人財でもある人をどう数えるのか)は、レポートには書かれていません。
DX人財は171名から500名へと、目標の人数を置いている
4つのうち、人数の目標がはっきりしているのはDX人財です。2026年3月期の171名を、2031年3月期に500名、2041年3月期に1,000名にする計画です。
500名には、認定の前の段階にあたる入門者も含みます。500名までは残り329名で、5年で届かせるには、年に66名ほどのペースが必要になります(筆者試算)。
育て方にも方針があります。外部の専門会社や社内のIT部門に任せるのではなく、現場の仕事をよく知る従業員が、自分でデジタルを使って課題を解けるようにする、という方針です。現場の課題を使って人を育てる点は、ライオンの事例と共通しています(ライオンはなぜ「AIを使える人」で終わらせなかったのか)。
グローバル人財は、ポジションから逆算しています。5年後に必要になる海外の重要なポジションを決め、その3倍の候補者をそろえることが目標です。
人事制度を17年ぶりに変え、研修費用は約1.8倍に増やした
育成を支える土台も変えています。2026年4月に、約17年ぶりとなる人事制度の改定を行いました。評価は、達成度、行動、貢献度の3つで見ます。達成度の評価は、100点を上限とする減点式から、130点を上限とする加点・減点式に変わりました。行動の評価は、会社が定める5つのValues(行動の指針)をどれだけ発揮したかを見ます。
お金の面では、人財開発・研修にかけた費用が、1年で1億2,600万円から2億3,200万円へと約1.8倍に増えました(単体)。
ここまでは、戦略、必要な人財、育て方が、順に説明されています。では、育てた人がどこで力を使っているのか、その先の欄はどこまで埋まっているのでしょうか。
配置と組織への波及は、公開された数字では確認しにくい
後半の段階に入ると、書かれている数字は少なくなります。
コア人財のうち、今の人数が出ているのはDX人財だけである

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4つのコア人財のうち、アグリ領域専門人財とβ人財は、指標の名前は置かれていますが、目標や中身は検討中です。海外拠点の重要ポジションは、目標はあるものの実績の欄が空いています。
つまり、「どんな人財が要るか」は描けていて、「今どれだけいるか」はこれから、という段階です。
社内公募の枠は、53から16に減っている
配置と活用を示す公開指標の一つに、社内公募制度の「キャリアエール」があります。募集したポジションは1年で53から16に、合格した人は15名から6名に減りました。集計の範囲は、ポジション数が国内グループを含み、合格者数は単体です。
経営を担う重要なポジションの候補者の数字も、前年より下がっています。必要な数に対する候補者の割合は、191%から155%になりました。目標は300%です。
減った理由は、公開情報からは確認できません。社内公募は配置全体の一部なので、これだけで配置が減ったとは言えません。同じ表では、海外赴任者は34名から38名に増えています。ただ、少なくとも社内公募の数字を見る限り、育成への投資が増えた分だけ配置の機会が増えた、とは言えません。
知見の広がりは、従業員の声として書かれている
育った人の知見は、まわりに広がっているのでしょうか。この段階は、従業員の声で伝えられています。育成プログラムの受講者の1人が、事業所でのDX人財の育成にも取り組んでいると語っています。レポートの本文は、修了者が後進を育てることを期待できる、と書くにとどめています。
数字で追える材料は多くありません。社内でDXの事例を共有するイベントの参加者は、582名から429名に減っています(オンラインの参加は、接続した端末の数で数えています)。
会社自身が、差を把握する仕組みを課題に挙げている
大事なのは、カルビー自身がこの状況を課題として書いていることです。レポートには、人財の質と量の差を把握する仕組みが整っていないこと、経験やスキルを含めた人的資本の情報をまとめるデータベースの開発が課題であることが、はっきり書かれています。
先ほどの「人材版伊藤レポート2.0」に照らすと、あるべき姿は置けていて、今の姿を数字でつかむところがこれから、という現在地です。
人数や配置の数字が少ないあいだ、カルビーは進み具合を何で測っているのでしょうか。
指数は人財の状態を測る。経営成果とのつながりは確認できない
カルビーが人的資本経営の重要な指標として置いているのが、「全員活躍指数」です。会社は、人的資本経営が企業価値にどう影響するかを定量的に評価し、その進み具合を測る独自の指標として位置づけています。ただし、この指数は事業の成長や生産性を直接測るものではなく、6つの段階でいう「経営成果」までを直接示す指標ではありません。その理由は、式の材料にあります。
全員活躍指数は、活躍の実感に相互信頼を掛けて出している
カルビーは「全員活躍」を、人的資本に関するいちばん上の方針にしています。中身は、強みを活かすこと、組織や社会に貢献すること、自分が成長すること、その結果として幸せと誇りを感じることです。指数は、この状態がどこまで実現しているかを数字にしたものです。
全員活躍指数の式
・全員活躍指数 =(α人財の活躍実感 + β人財の活躍実感)× 相互信頼
・活躍実感 = 全員活躍状態 + キャリア自律 + 心理的安全性
材料は、すべてエンゲージメントサーベイ(従業員への意識調査)の点数です。行動や成果の数字は入っていません。つまり、この指数が測っているのは「活躍している実感」です。
足し算ではなく掛け算になっているところに、考え方が表れています。互いへの信頼が低ければ、一人ひとりの実感が高くても、全体は小さくなります。協働を大事にするという考えが、式の形になっているのです。

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レポートは指数が3期連続で上がったとしており、2026年3月期は80.67でした。この数字は、100点満点の点数ではなく、式から出てくる値です。目標は81.28で、達成の時期は2031年3月期です。
この指数は、売上や利益といった事業の数字とは別々に開示されています。両者を数字で結びつける説明は、確認した範囲では見つかっていません。
式の上では、相互信頼はほかの項目の約6倍、指数を動かす
掛け算の式には、もう一つの性質があります。掛ける側の数字が、足す側の数字よりも強く効くのです。
指数の計算上、相互信頼が0.01上がると、指数は約0.22動きます。一方、活躍実感をつくる6つの項目は、どれか1つが0.01上がっても約0.04しか動きません。効き方に約6倍の差があります(筆者試算)。これは式の形によるもので、相互信頼のほうが大事だという意味ではありません。
この性質は、目標の読み方に関わります。カルビーは、点数の低い「キャリア自律」を重点課題に挙げています。ところが式に当てはめると、相互信頼があと0.03ほど上がれば、キャリア自律が今のままでも目標の81.28に届きます(筆者試算)。
つまり、合計が目標に届いても、重点課題が解決したとは限りません。
β人財の活躍実感は、2年前の水準に戻っていない
内訳を見ると、合計とは違う動きも見つかります。β人財の活躍実感は、2024年3月期の11.79から翌年に11.71へ下がり、2026年3月期は11.74でした。前の年よりは上がりましたが、2年前の水準には戻っていません。中でも心理的安全性は、2年続けて下がりました。
β人財は、これから増やしたいコア人財の一つです。この点数の動きは、合計の数字からは見えません。
α人財とβ人財の点数は、集計の方法が公開されていない
式は、α人財とβ人財の点数を、そのまま足しています。ここには、確かめたい点があります。
2025年版のレポートは、α人財を国内のコア事業を中心に活躍する人財、β人財を海外や新規事業を中心に活躍する人財と説明していました。点数も、α人財とβ人財で別々に出ています。
ただ、この点数が「α人財の集団」と「β人財の集団」それぞれの平均なのか、全員が持つ2つの要素を別々に測ったものなのかは、公開されていません。誰をα人財、β人財として集計しているのかも、公開されていません。
「従業員を分類する言葉ではない」という2026年版の説明と、α人財とβ人財で別々に点数を出す式との関係は、レポートからは読み取れません。足した数字が何を表しているのかを読む側が判断するには、この説明が要ります。
では、ここまでを踏まえると、「何を書けばいいのか」にはどう答えられるでしょうか。
読む側が問うことを知ると、書くべきことが決まる
人的資本レポートに書くのは、人の施策の一覧ではありません。経営戦略から経営成果までの6つの段階を、ひとつの仮説としてつないで書きます。どの人材に投資し、その人がどこで力を使い、何年後にどの事業の数字へ届くと考えているのか。その途中を何の指標で確かめるのかまで示します。事業の数字が動くのは人材が育ったあとなので、まだ書けない段階は「これから」と書き、時間とともに足していきます。そのうえで、目標の根拠と数字の内訳まで出しておきます。読む側は、そこを見るからです。

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カルビーは、取締役のスキルに「人事・人財開発」を加えた
カルビーは2026年に、取締役に求めるスキルの項目へ「人事・人財開発」を加えました。人的資本の戦略を、取締役会が評価し、進み具合を確かめていくためです。
2026年7月に確定したコーポレートガバナンス・コードの改訂は、人的資本への投資を含む成長投資について、具体的に何を実行するのかを説明すること(原則4-1)と、経営資源の配分が戦略に照らして適切かを不断に検証すること(原則4-2)を、取締役会に求めています(CGコード改訂2026が確定 ― 人的資本は「開示するだけ」から「取締役会が説明する」へ)。人的資本の情報は、取締役会が読んで問うものになりつつあります。
読む側が見るのは、目標の根拠、配置の実績、指数と事業の関係
取締役会でこのレポートを読むとしたら、次の3つを確かめたいと考えます。
- 500名という目標の人数は、戦略のどの数字から逆算したものか
- 育てた人は、どの事業のどの仕事に就いたのか
- 指数は、どの内訳が動いて上がったのか。事業の数字とは、どうつながっているのか
この3つは、カルビーが内訳と課題まで開示しているから立てられる問いです。合計の数字だけが載ったレポートでは、ここまでは問えません。
人材への投資が事業の数字に届くまでには、時間差がある
人的資本への投資は、新規事業への投資と同じで、必ず当たるとは限りません。だから人への投資も、事業への投資と同じように、設計の段階で、この投資がどの事業の数字にどう届くのかという仮説を置き、途中で確かめながら進める必要があります。
もう一つ考えておきたいのが、時間差です。人材が育つ時期と、事業の数字が動く時期は、同じではありません。全員活躍指数のように、成果に先立って動く指標を先行指標といい、売上や利益は、そのあとから動きます。全員活躍指数は、先行指標にあたると考えられます。
カルビーが置いた目標の年も、人財と事業で異なります。DX人財を500名にする時期と全員活躍指数の目標は2031年3月期、海外・新カテゴリの売上比率50%は2036年3月期です。人財が先に育ち、事業の数字があとから動くという時間差を置いているようにも読めますが、レポートにその説明はありません。
時間差があるので、同じ年の数字を並べても、つながりは見えません。何年後に事業に届くと見ているのか、届かなかったときに何を見直すのかを、あらかじめ書いておく必要があります。うまくいかなければ、投じた費用を回収できないこともあるからです。そこで、成果が届くまでの途中に、先行指標という観測点を置いておきます。先行指標が動いたからといって、事業の数字が動くとは限りません。ただ、動かなければ手を打つきっかけになり、動いたのに事業の数字が動かなければ、仮説のほうを見直すきっかけになります。途中で確かめられるので、成果を待つあいだも、進み具合が分かります。
空欄は、書けていない印ではなく、次に取りに行く目標の印になる
カルビーのレポートで参考になるのは、書けた部分だけではないと思います。検討中の指標、空欄の実績、仕組みが整っていないという課題を、そのまま載せたところです。
カルビーの場合、いま書けていない段階の一つが、最後の経営成果です。指数は人財の状態を測るもので、事業の数字との間は、公開されている資料では説明されていません。時間差があるので、いまの段階で書けないのは自然なことでもあります。
人的資本レポートの価値が、話す材料をつくることにあるのなら、空欄にも意味があります。「ここはまだこれからです」と書いてあれば、読む側は「いつまでに、どうやって」と次の問いを返せます。目標がはっきりしている空欄は、次の一歩も決めやすくなります。
自社の人的資本の情報を6つの段階に当てはめたとき、最初に埋めたい空欄はどこでしょうか。
【セルフチェック】自社の人的資本の開示を6つの段階で確かめる6項目
この記事の考え方を、自社の開示に当てはめてみるためのチェックリストです。正解を出すためのものではなく、立ち止まって考えるためのもの。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。
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経営戦略のどの目標に人材が必要なのかを、一文で言えますか売上や利益の目標と、人の話がつながっているかを見ます
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必要な人材の種類と人数を、時期とあわせて決めていますか「増やす」ではなく「いつまでに何名」と書けるかどうかです
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人材の採り方と育て方は、評価や処遇の仕組みとつながっていますか研修だけが先に走っていないかを確かめます
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育てた人が今どの仕事に就いているかを、数字で追えますか追えない場合は、追えないこと自体を課題として書けます
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育った人の知見が、まわりに広がった例を挙げられますか声だけでなく、件数や人数で示せるものがあるかを探します
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人材の指標と事業の成果を、時間差も含めてつなぐ説明を書いていますか何年後に届くと見ているか、途中で何を確かめるかを書きます。まだなら「これから」と書けます
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
▶ 有価証券報告書
上場会社などが、事業年度ごとに国へ提出する報告書です。記載する項目と様式が法令で決まっています。人的資本に関する記載は、2023年3月31日以後に終了する事業年度から求められています。
▶ 統合報告書
財務の情報と、戦略・環境・人材などの財務以外の情報を、1冊にまとめた報告書です。発行は会社の任意です。
▶ 人材ポートフォリオ
会社にどんな種類の人材が何人いるか、という構成のことです。「人材版伊藤レポート2.0」は、経営戦略の実現に向けて多様な個人が活躍する人材の構成を、「動的な人材ポートフォリオ」という言葉で取り上げています。カルビーは「人財ポートフォリオ」と表記しています。
▶ エンゲージメントサーベイ
従業員が会社や仕事にどう向き合っているかを、質問への回答で測る調査です。カルビーの全員活躍指数は、この調査の点数から計算されています。
▶ 心理的安全性
立場に関係なく、意見や疑問を安心して口に出せる状態のことです。カルビーの全員活躍指数では、活躍実感をつくる3つの項目の1つになっています。
▶ α人財・β人財
カルビーが定めている2つの人財像です。α人財は日々の工夫と改善を積み重ねて次につなぐ人財、β人財はこれまでの枠を超えて新しい領域を切り拓く人財を指します。本記事の表現は、レポートの説明を筆者が言い換えたものです。
▶ 先行指標・遅行指標
先行指標は、成果に先立って動く指標です。人材の数や、従業員の活躍実感などが当てはまります。遅行指標は、成果が出たあとに数字に表れる指標で、売上や利益などです。人材への投資では、先行指標が先に動き、遅行指標があとから動く、という時間差を見込みます。ただし、先行指標が動いても遅行指標が動くとは限らないので、仮説を確かめる途中の観測点として使います。
出典・参考情報
※本記事は、2026年10月3日時点で公開されている各社の資料と官公庁の資料をもとに、一般的な情報提供を目的として書いたものです。カルビーに関する記述は公開情報のみにもとづいており、同社の見解を示すものではありません。「筆者試算」と書いた数字は、公開されている数字から筆者が計算したもので、前提が変われば結果も変わります。個別の開示の判断は、専門家にご相談ください。