人的資本の数字を読むのは、もう人だけではありません。AIを使えば、開示から数字を集めて比べることもできるようになりました。では、会社が出した人的資本の数字は、AIに正しく読まれているのでしょうか。開示を「AIにも読み取りやすい形」に作り変えたTOPPANを例に、3つのAIに同じ質問をして確かめてみました。
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TOPPANは開示を「ストーリー」と「データ」に整理し直した
TOPPANホールディングスは2026年9月、統合レポートを「ストーリー」、サステナビリティデータブックを「データ」と役割を整理し直し、データの側をAIにも読み取りやすい形に作り変えました。3つのAIに同じ質問をすると、新しいデータブックを読んだとみられるAIは、数字の範囲や注記まで正しく答えました。一方、古いPDFを読んだとみられるAIは古い数字を返し、統合レポートに書かれた大事な一文は、どのAIにも届きませんでした。AIに正しく読ませる鍵は、数字の隣に「範囲・時点・定義」を置くことと、ストーリーとデータをつなぐことにあると考えます。
統合レポートは「ストーリー」、データブックは「データ」と役割を決めた
TOPPANは、統合レポート2026の編集方針で、開示に使う媒体の役割を「情報の性質」と「時間軸」の観点から決め直したと書いています(p.3)。統合レポートは「中長期の成長ストーリー」を担い、法定開示をもとに幅広く書く有価証券報告書と、「網羅的なESGファクトデータ」を集めたサステナビリティデータブックが、互いに補い合う形です。統合レポートの主な読み手は、投資家や株主だと書いています。前年のレポートへの意見を受け止め、読み手のニーズに応える開示を目指したとも述べています(p.3)。

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データブックは、AIの読み取りやすさを理由にPDFからHTMLへ移した
これまでPDFで出していた「サステナビリティレポート」は、Webサイトを中心にしたHTML形式の「サステナビリティデータブック」に変わりました。会社は、その理由を次のように書いています。
ステークホルダーがAIを活用して情報を効率的に取得・分析できるよう、PDF中心の開示からWebサイトを中心とした開示へ刷新しました。
グラフや図は残しながら、HTMLの上で説明の文章を付け、人にとっての分かりやすさと、AIによる読み取りやすさの両方をねらっています。主なESGデータは、Excelの「ESGデータ集」でも出しています。開示を変える理由として、「AIで読まれること」を正面から挙げているのが特徴です。では、なぜデータの側をAIに読める形にする必要があったのでしょうか。
投資家は「指標を絞って、財務へのつながりを見せてほしい」と言っている
座談会で投資家が求めたのは、指標の数ではなく「つながり」だった
統合レポート2026には、社外取締役4名と機関投資家2名の座談会が初めて載っています。そこで、投資家の澤嶋裕希氏(三井住友トラスト・アセットマネジメント)は、非財務の指標についてこう話しています(p.50)。
あまりに多くの指標を並べられると分析側も迷ってしまうことがあります。ですから重要な指標をしっかり厳選していただいたうえで、「その指標がどう財務インパクトや収益性につながるのか」という因果関係のロジックを示していただくことが何より重要だと考えています。
同じく投資家の久保田悟氏も、非財務の取り組みが数値の達成にとどまらず、人財の獲得や組織風土を通じて事業に良い影響をもたらすストーリーが見えると、対話の質が変わると話しています(p.50)。
絞ったストーリーは人が読み、網羅したデータはAIが探す
投資家の声と、TOPPANの開示の分け方を重ねると、役割がよく分かります。人がすべてのデータを読むのは大変なので、統合レポートでは指標を絞って、つながりを語ります。一方で、細かい数字を探して比べる作業は、これからAIに任される場面が増えていくと考えます。そうなると、網羅したデータの側は、AIが正しく拾える形にしておく必要があります。
では、TOPPANの統合レポートは、絞ったストーリーで何を語っているのでしょうか。
統合レポートは、人財の課題を数字で正直に語っている
エンゲージメントが平均を大きく下回ったことを、CHROが自ら書いている
統合レポートのCHRO(最高人事責任者)メッセージで、坂井和則 取締役副社長執行役員は、2026年3月期のエンゲージメントサーベイの全体スコアが51%で、「平均を大きく下回る結果」だったと書いています(p.38)。変革を進めるなかで、将来への不安や戸惑いを抱える従業員が少なくないことの現れだと受け止めている、とも述べています。
この51%は、レポートの「6つの経営資本」のページでも、人的資本を表す数字として載っています(p.23)。データブックによると、この調査は2025年度から、海外を含むグループ125社(対象は約4万3千人)で同じ基準に切り替えて行ったもので、回答率は91%です。外部の比較対象は、日本平均61%、グローバル平均73%です。良くない数字を、人的資本の代表的な数字として表に出していることは、このレポートの大きな強みです。
配置は「まだ道半ば」とし、仕組みで埋めにいく
CHROは、人的資本経営の基盤づくりは大きく前に進んだ一方で、事業に必要な人財を最適な場所へ配置する取り組みは「まだ道半ば」だと書いています(p.35)。そして、次の一文で、最大の課題をはっきり名指ししています(p.36)。
事業戦略の実現に必要な人財と、現在の人財配置とのギャップをいかに埋めていくかが、人的資本経営における最大の課題です。
その解決の鍵として挙げているのが、2026年3月期に導入したタレントマネジメントシステムです。従業員が自分のスキル・経験・志向を登録し、会社も事業に必要なポジションと人財の要件を登録して、両方を見える化します(p.36)。さらに、事業部門と組んで人員計画をつくるHRBP(事業部門の人事パートナー)が、採用・育成・再配置を進めます(p.37)。大阪ガスの人的資本レポートを読んだ記事で見た「配置」と、同じ論点です。
AIで減らす業務量の30%を、付加価値の高い仕事へ振り向ける
コーポレート改革として、AIの活用を前提に業務のやり方を作り直し、業務量を30%減らす計画も書かれています(p.37)。そこで生まれた人財の力を、より付加価値の高い仕事へ振り向けるとしています。課題を正直に書き、それを埋める仕組みと、仕事の配分の変え方までを語っている。統合レポートは、絞ったストーリーとしてよくできています。
では、もう一方のデータブックは、AIに読ませる形になっているのでしょうか。
データブックは、AIが読み違えにくい工夫を重ねている
データの範囲を記号で決め、第三者保証の対象に印を付けている
人的資本の数字は、どの会社までを集計したかで大きく変わります。データブックでは、集計の範囲をⒶ〜Ⓔの記号で決めています。ⒶはTOPPANホールディングス、ⒷはTOPPAN株式会社、ⒸはTOPPANエッジとTOPPANデジタル、Ⓓは国内の連結子会社、Ⓔは海外の連結子会社です。人員数も「グループ4社」「国内連結」「海外連結」「連結全体」に分けて載せています。
KPMGあずさサステナビリティによる第三者保証(外部の機関による数字の確認)を受けた数字には、印が付いています。グループ4社の人員数や、TOPPAN株式会社の男性の育児休業取得率・女性管理職者数などです。どの数字が外部の確認を受けているかが、人にもAIにも見分けられます。
図の前に、図の中身を文章で書いている
人財開発のページでは、「3階建ての人財育成アプローチ」の図の前に、1階・2階・3階がそれぞれ何かを本文で説明しています。1階はプログラムのPDCAを回して改善を積み重ねる部分、2階はHRテックで効率を上げる部分、3階は次の世代の人財開発を研究・検証する部分です。図を読めないAIにも、図の要旨が伝わります。会社が「説明の文章を付けた」と書いているのは、こうした形のことだと読めます。
数え方や調査の基準を変えたことを、数字の近くに書いている
数字は、途中で数え方が変わることがあります。データブックは、それを数字の近くに書いています。男性の育児休業取得率は、2025年度から男女で算出方法を分けない形に変えたと注記しています。エンゲージメントは、2024年度までは国内の連結グループ会社で2021年度と比べた変化を示し、2025年度からグローバル統一の基準に切り替えたことを、「指標と目標」のページに書いています。
範囲、図の説明、数え方の変更。結果として、AIが読み違えやすいところに手当てがされています。では、実際にAIに聞くと、どう答えるのでしょうか。
AI3種に同じ質問をすると、答えの新しさと正確さが分かれた
2026年10月8日に、ChatGPT・Gemini・Claudeへ同じ質問をした
データブックの公開から8日後の2026年10月8日に、ChatGPT・Gemini・Claudeの3つのAIに、同じ5つの質問をしました。どれもウェブ検索を使える状態で、新しいチャットを開いて1回ずつ聞いています。質問は次のとおりです。
- TOPPANホールディングスの従業員エンゲージメントスコアを教えてください。
- TOPPANの従業員1人あたりの年間研修時間を教えてください。
- TOPPANグループの女性管理職比率を教えてください。
- TOPPANの男性育休取得率の推移を教えてください。
- TOPPANホールディングスの人財戦略で、会社自身が挙げている最大の課題は何ですか。
どの質問にも「出典も示してください」と付けました。答えは、一次情報と照らし合わせて、数字・範囲・時点・出典の4点で確かめています。AIの答えは、聞く日や設定で変わります。ここで見るのは、AIの良し悪しではなく、開示のどこが拾われ、どこが落ちたかです。

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新しいデータブックを読んだとみられるAIは、範囲と注記まで正しく答えた
ChatGPTは、1〜4の質問で、最新の数字を範囲と時点つきで答えました。エンゲージメントは51%で、対象は国内外125社、外部の比較対象は日本平均61%と、データブックのとおりです。そのうえで「2024年度以前とは調査基準が異なるため、単純な前年差として扱えません」と注意を添えていました。研修時間も、TOPPAN株式会社の128.0時間と国内連結グループ会社の51.1時間を分けて示し、2つを直接比べないよう書いています。
データブックが数字の近くに書いていた範囲や注記が、そのままAIの答えに入っています。TOPPANの刷新のねらいと合う結果です。
古いPDFを読んだとみられるAIは、古い数字を返した
GeminiとClaudeは、一部の質問で、2025年に出た以前のPDFレポートの数字を答えました。公開から8日では、まだ古い資料が拾われることがあります。ただし、2つのAIの答え方には、大きな違いがありました。
Claudeは、最初に「2026年版は見つからなかった」と自分から書き、数字には「2024年度」「国内の連結グループ会社」と時点と範囲を付けていました。古い数字でも、読む人は古いと気づけます。
Geminiは、研修時間について、2023年度の国内連結グループ会社の数字を、年度を付けずに「グループ全体」として答えました。エンゲージメントでは、2024年度までの国内での「2021年度比で向上」という数字を、2025年度の新しい基準の51%と一緒に示していました。TOPPANは基準の変更を書いていますが、AIの答えの中で、別の基準の数字がつながってしまったのです。同じ古い数字でも、時点と範囲が付いているかどうかで、誤解が生まれるかどうかが分かれます。
統合レポートの「最大の課題」の一文には、どのAIも届かなかった
5つ目の質問の答えは、CHROが統合レポートに書いた「必要な人財と現在の配置とのギャップ」の一文です。ところが、3つのAIとも、この一文を答えに含めませんでした。ChatGPTは「TOPPANが公式に『これが最大の課題である』と順位づけしているわけではありません」と答えています。
「最大の課題」と名指しした一文は、PDFの統合レポートに載っています。データブックの人的資本のページにも、必要な人財と配置のギャップを埋める取り組みは書かれていますが、それが最大の課題だという位置づけまでは書かれていません。
データの側はAIに届いても、ストーリーの側の大事な一文は届きにくい。では、AIに正しく読まれる開示にするには、何が要るのでしょうか。
AIに読まれる開示は、数字の隣に「読み方」を置くことから始まる
同じ会社・同じ年度でも、書類によって数字が違う
TOPPAN株式会社の2025年度の男性の育児休業取得率は、データブックでは85.2%、有価証券報告書では94.3%です。データブックは「当該年度に子が生まれた社員を分母、育児休業を取得開始した社員を分子」と注記し、有価証券報告書は育児・介護休業法の施行規則(第71条の6第1号)に基づく「育児休業等」の取得割合と注記しています。データブックの注記にも「公表義務化の法令に合わせた算出方法」とあり、どちらにも計算方法の説明が付いています。それでも、2つの数字がなぜ違うのかは、両方の資料を読んでも分かりません。
ただ、AIに「TOPPANの男性育休取得率は?」と聞いたとき、どちらが返ってくるかは、AIが参照する資料によって変わる可能性があります。数字だけが一人歩きすると、数え方の違う数字が、同じものとして比べられてしまいます。だからこそ、数字の隣に、範囲・時点・定義を置いておくことが大切だと考えます。TOPPANのデータブックが注記を丁寧に書いていたことは、AIの時代にはいっそう効いてきます。
ストーリーとデータを分けたからこそ、つなぐ場所が要る
今回の実験では、データはAIに届き、ストーリーの一文は届きませんでした。統合レポートのエンゲージメント51%と、データブックの調査の詳しい説明も、別々の場所にあります。人が読む場合でも、2つを行き来するのは手間がかかります。
TOPPANには、つなぐための土台がすでにあります。統合レポートは、IR部、サステナビリティ経営の推進チーム、広報のESGコミュニケーション部、法務のコンプライアンス部でつくる編集委員会の事務局が中心になってつくっています(p.3)。開示に使う複数の媒体を、この委員会でそろえる体制です。統合レポートの中から、Webサイトの情報へ進む案内もあります。
次の一歩は、数字や一文の単位でつなぐことかもしれません。たとえば、統合レポートの大事な数字や課題について、データブックのどのページに詳しい説明があるかを示す。データブックの側にも、統合レポートで語っている課題を短く書いておく。そうすれば、人もAIも迷わずに済むのではないでしょうか。
取締役会が問えるのは、「AIは当社をどう要約しているか」
開示を監督する取締役会の立場では、次の3つを問えそうです。
1つ目は、当社の人的資本の数字を、AIがどう要約しているかです。誰かが実際に確かめているでしょうか。2つ目は、統合レポートの数字と、データブックや有価証券報告書の数字の関係を説明できるかです。名前が似ていて中身の違う数字はないでしょうか。3つ目は、指標の定義や数え方を変えたとき、それが読み手に伝わる場所に書かれているかです。
TOPPANは、AIに読まれることを前提に、開示の器を先に作り変えました。自社の開示がAIにどう読まれているのか、一度、自社の名前でAIに聞いてみるところから始めてみてはいかがでしょうか。
【セルフチェック】自社の人的資本開示がAIに正しく読まれるかを確かめる6項目
この記事の考え方を、自社の開示に当てはめてみるためのチェックリストです。正解を出すためのものではなく、立ち止まって考えるためのもの。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。
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数字のすぐ隣に、範囲・時点・定義を書いていますか数字だけが切り出されても、意味が伝わるかが分かれ目です
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画像の中にしかない数字はありませんか図の前後に、図の中身を文章で書いておくとAIにも伝わります
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数え方や調査の基準を変えたことを、数字の近くに書いていますか前の年と比べられない数字が、1本の推移として読まれることがあります
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名前が似ていて中身の違う数字の違いを、説明していますか書類ごとに数え方が違う数字は、とくに取り違えられやすくなります
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統合レポートとデータの間を、行き来できる案内がありますかストーリーの大事な一文が、データの側からも見つかるかを確かめます
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自社の名前で、AIに人的資本の数字を聞いてみましたか古い資料が拾われていないか、範囲を取り違えていないかが分かります
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
▶ 統合レポート
財務の情報と、人材や環境などの非財務の情報を合わせて、会社が中長期にどう価値を生むかを説明する報告書です。主な読み手は投資家です。統合報告書とも呼ばれます。
▶ HTML
Webページを作るための書き方です。文章や表がテキストとして入っているので、PDFの中の図や表よりも、検索エンジンやAIが中身を読み取りやすいとされています。
▶ 第三者保証
会社が公表する数字について、外部の機関が集計の手順などを確かめることです。どの数字が対象かは、会社ごとに選んでいます。
▶ エンゲージメントサーベイ
従業員が仕事や会社にどれだけ前向きに関わっているかを測るアンケートです。調査会社や設問によって、スコアの意味や水準が違うため、会社どうしで数字をそのまま比べることはできません。
▶ タレントマネジメントシステム
従業員のスキルや経験、希望などの人材情報を集めて管理するシステムです。配置や育成、後継者の計画に使います。
▶ HRBP(HRビジネスパートナー)
事業部門のそばで、事業の戦略に合わせた人員計画や採用・育成・配置を一緒に考える人事の担当者です。
出典・参考情報
※本記事は、2026年10月8日時点で公開されている企業の資料と、同日に筆者が行ったAIへの質問の結果をもとに、一般的な情報提供を目的として書いたものです。AIの回答は、聞く日や設定によって変わります。企業の開示の評価や、個別の開示の方法についての助言ではありません。