体験型の研修や社内イベントのあと、「あれ、よかったよね」で終わってしまった経験はありませんか? 音楽、暗闇、大型イベントの事例と研究から、体験が組織の文化につながる条件を考えます。
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体験型の研修は、人の距離を縮める場として使われている
一緒に歌うと、最初の1か月で打ち解ける
オックスフォード大学の研究チームは、新しく始まった成人向けの講座を7か月にわたって追いかけました。歌の講座と、参加者がそれぞれ自分の作品に取り組む手芸や創作文章の講座を比べ、授業の前後に「グループの人たちをどのくらい親しく感じるか」を答えてもらっています。
その結果、始まって1か月目は、歌の講座のほうが1回の授業で大きく打ち解けていました。研究チームはこれを、歌の「アイスブレーカー効果」と呼んでいます。初対面の人たちのあいだで、短い時間でグループへの親しさが高まったということです。
暗闇では、肩書が消えて互いに確かめ合う
ダイアログ・イン・ザ・ダークは、光のまったくない暗闇の中を、視覚障害のあるアテンドの案内でグループで進む体験です。運営元によると、企業向けのプログラムは1,000社を超える企業が導入しています。
暗闇では、表情も肩書も見えません。声をかけ合い、音や手ざわりを頼りに進むなかで、ふだんの上下関係が薄れ、互いに何度も確かめ合うことになります。しかも、暗闇の中で一番頼りになるのは、案内役のアテンドです。ふだんの立場が入れ替わる体験でもあります。
PwCは、2,700人のリーダー育成を体験の場にした
規模の大きい例もあります。PwCオーストラリアは2022年5月、シニアアソシエイトとマネージャー2,700人超を、4日間ずつ5週にわたって、ハンター・バレー(ニューサウスウェールズ州)の会場に集めました。名前は「The Outside」で、投資額は1,500万豪ドルです。
狙いには、次世代のリーダーを育てることや、同僚どうしの関係を作ることが挙げられていました。音楽の会社が、朝のレイブや生バンドの演奏、音楽を使ったゲームショーなど、35本以上の体験を担当しています。研修を、記憶に残るお祭りのような体験に作り替えたわけです。
どの事例も、人と人の関係づくりを大切にした取り組みです。では、体験で高まった親しさは、そのあともほかと差がついたままなのでしょうか?
歌の研究で変わったのは、親しくなる速さ
歌わない講座も、時間をかけて追いついた
先ほどの歌の研究には続きがあります。3か月目以降は、1回の授業での親しさの伸びに、歌の講座と歌わない講座で差が見られなくなりました。7か月目に測った親しさにも、はっきりした差はありませんでした。歌わない講座の人たちは、休憩時間などの会話を重ねて、時間をかけて打ち解けていったと研究チームは考えています。
この研究で確かめられた歌の特徴は、親しくなるまでの速さでした。時間がたつと、歌っても歌わなくても、親しさにはっきりした差は見られなくなっていたのです。
この研究が測ったのは参加者どうしの親しさです。会社の方針や目指す方向が、参加者のあいだでそろったかどうかは測っていません。仲間として打ち解けることと、同じ方向を向いて働くことは、別のことです。
また、これは会社の研修ではなく、地域の成人講座を対象にした研究です。職場とは少し状況が違いますが、初めて集まった人たちが関係を作っていく流れを考えるうえでは、参考になります。
「いい研修だった」は、評価の4段階の1段目
研修の効果を測る枠組みとして知られるのが、「カークパトリックの4段階」です。反応(参加者がどう受け止めたか)、学習(何を身につけたか)、行動(職場で活用したか)、成果(組織の成果にどうつながったか)という4つの観点から評価します。
「いい研修だった」は、このうち1段階目の反応です。体験型の研修でも、参加者の好意的な反応だけでは、職場の行動や成果までは分かりません。PwCのイベントは2023年にも2回目が開かれ、1,752人が参加したと公式に報告されています。ただ、そのあとの継続や、職場の行動や成果にどうつながったかを示す数字は、公開情報からは確認できませんでした。
体験で早まるのが、親しくなるまでの時間なのだとしたら、組織の文化は何によって変わるのでしょう?
文化を変えるのは、体験のあとの毎日
体験は、人と人の距離を縮めるきっかけになります。けれど組織の文化を形づくるのは、そのあとの毎日です。リーダーが何に目を向け、何を褒め、何を評価するか。体験型の研修が「いい研修だった」で終わるのは、体験と毎日がつながっていないからです。
シャインは、リーダーの日々の振る舞いを挙げた
組織文化の研究で知られるエドガー・シャインは、文化を根づかせる主な仕組みのなかで、リーダーが日々何に注意を向けて何を測るか、問題が起きたときにどう反応するか、何に報いるかを挙げています。
研修で「全員に役割がある」と体験しても、翌日の会議で上司が全部決めていたら、メンバーには会議のほうが本当の文化として伝わります。体験の場で何が起きたかより、翌日の職場で何が起きるかのほうが、文化には効いてきます。
体験を、仕事の仕組みの1つの変化につなげる
そこで、体験の終わりに「ここで起きたことは、ふだんの仕事のどこと同じか」を話し合い、翌週から変えることを1つだけ決めてみるのはいかがでしょうか。たとえば、暗闇で声をかけ合ったチームなら、会議の最後に全員が一言ずつ話す時間をとる、といった小さな変化です。
方針と職場の仕組みのあいだにすき間があると、方針は根づきにくくなります。以前の記事(育成方針が現場に根づかないのは、管理職のせいなのか)で扱ったこの話は、体験型の研修にもそのまま当てはまります。
とはいえ、体験を準備して、振り返って、仕組みまで変えるのは、正直なところ大変ではないでしょうか?
手間を増やさないコツは、今ある行事に組み込むこと
担当者にとって一番の壁は、手間
体験型の研修には、会場や講師の手配、参加者の予定の確保、終わったあとの振り返りと、手間がかかります。効果があると分かっていても、「そこまでやるのは面倒くさい」が先に立つのは、自然なことだと思います。
だとすれば、新しく研修を足すのではなく、すでにある場を置き換えるほうが、続けやすくなります。入社式、期初のキックオフ、期末の懇親会など、会社がすでに時間とお金をかけている場の中身を差し替える形です。
CHINTAIは、入社式を暗闇の対話に置き換えた
その例が、CHINTAIの「暗闇入社式」です。ダイアログ・イン・ザ・ダークを使い、暗闇の中で社長や役員と新入社員が、肩書を超えて対話します。2014年から続けていて、2026年度で通算8回目を迎えると発表しています(コロナ禍で対面を見送った期間を除く)。
この例のよいところは、毎年ある入社式を、体験の場として使っていることです。くり返し開いているので、一度きりのイベントではなく儀式になっています。「既成概念にとらわれず新たな挑戦を続ける」という会社の姿勢を、新入社員が最初の日に体で受け取る場にもなっています。
では、体験型の研修は、どんな場面で使えばよいのでしょう?
筆者の考え:体験は着火剤、燃やし続けるのは毎日の薪
体験型の研修は、着火剤に近いものだと考えています。火はすぐにつくけれど、薪をくべなければ燃え続けません。薪にあたるのが、体験のあとの毎日の仕組みです。だから着火剤が悪いのではなく、どこに火をつけ、そのあと何をくべるかまで考えて使うものなのだと思います。
火をつけるのは、関係をゼロから作る場面
火をつける場所として一番合うのは、関係をゼロから作る場面ではないでしょうか。新人研修、新しいチームの立ち上げ、組織の統合、離れて働いていたメンバーの再会などです。PwCのイベントも、コロナ禍で在宅勤務が2年続き、対面でつながる機会が減っていた時期に開かれていました。歌の研究で差が出たのも、始まって最初の1か月でした。
暗闇で、支える側と支えられる側が入れ替わった
では、火と薪は、具体的には何なのか。ダイアログ・イン・ザ・ダークを例に考えてみます。私自身、ダイアログ・イン・ザ・ダークには、プライベートで何度か足を運んでいます。子どもと一緒に行ったときのことです。暗闇の中でキャッチボールをしていて、子どもがとんでもない方向にボールを投げてしまいました。すると、案内役のアテンドの方が、音だけを頼りに走ってボールを拾い、投げ返してくれたのです。まったくの暗闇の中で、です。
そして明るい場所に戻ったとき、子どもは「あれ?」という顔をしました。アテンドの方の目が見えないことに、そこで初めて気づいたのです。「こっちでは、自分たちのほうが歩けるんだね」。助けてあげよう、というのではなく、ただそう気づいた、という感じで、子どもはアテンドの方の手を引きました。さっきまで案内してもらっていたのに、です。アテンドの方は、うれしそうに「ありがとう」と言ってくれました。
人には向き不向きがあって、支える側と支えられる側は、場面に合わせて入れ替わればいい。ダイアログ・イン・ザ・ダークで私についた火は、この感覚でした。
その火は、職場の役割の入れ替えで燃やし続ける
ただ、この感覚も、職場で使われなければ、いい思い出で終わってしまいます。この火に合う薪は、たとえば、会議の進行役や資料のまとめ役を、一人ひとりの強みと場面に合わせて入れ替えていくことです。得意な人が引っぱる場面と、別の人が支える場面を、ふだんから行き来できるようにしておく。そうすれば、暗闇でついた火が、チームの当たり前として燃え続けるのではないでしょうか。
どんな火とどんな薪かを、企画の段階で一組にする
ほかの体験型の研修でも、考え方は同じだと思います。「この体験で、どんな火がつくか」と「その火を、職場のどの薪で燃やし続けるか」を、企画の段階で一組にして考えておく。それだけで、「いい研修だった」で終わらない研修に近づけるのではないでしょうか。
研修や社内イベントを企画するときに、参考にしてもらえる場面があれば幸いです。
【セルフチェック】体験型の研修を企画するときの6項目
この記事の考え方を、自社の研修や社内イベントに当てはめてみるためのチェックリストです。気になった項目だけ拾ってもかまいません。
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関係をゼロから作る場面で使おうとしているか新人、新チーム、統合、再会などの時期か
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新しく足すのではなく、すでにある場に置き換えられないか入社式、キックオフ、懇親会など
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終わりに「仕事のどこと同じか」を話す時間があるか翌週から変えることを1つ決める
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リーダーの翌日の振る舞いが、体験と食い違わないか会議の進め方、褒めること、評価すること
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みんなで同じことをするのが苦手な人にも、役割があるか強みに合った関わり方を選べるか
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参加しなかった人との距離が開かないか中途入社の人、休業中の人、当日抜けられなかった人も、毎日の仕組みには加われるか
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
▶ アイスブレーカー効果
一緒に歌うことで、初対面の人たちが短い時間で打ち解けること。オックスフォード大学のPearceらが2015年の研究で名付けました。
▶ カークパトリックの4段階
研修の効果を、反応・学習・行動・成果の4つの段階で測る考え方。アメリカの研究者ドナルド・カークパトリックが提唱しました。
▶ 組織文化(シャイン)
組織心理学者エドガー・シャインは、組織文化を、目に見える行動や仕組みの奥にある、メンバーが当たり前と思っている前提として捉えました。著書に『組織文化とリーダーシップ』があります。
※本記事は、2026年11月時点で公開されている研究・企業の発表・報道をもとに、研修や社内イベントの企画の考え方を整理したものです。各事例の効果は、公開情報の範囲で紹介しています。