労務リスクと制度運用

リスキリングは「受講」から「処遇」へ ― 2026年10月の労政審・人材開発分科会の論点案を読む

2026年10月9日、厚生労働省は労働政策審議会の人材開発分科会に、今後の人材開発政策の論点案を示しました。学んだスキルを評価し、仕事と処遇の向上につなげるまでを一気通貫で支える取り組みを、資料に沿って読んでいきます。

論点案は、受講後の評価と処遇までを扱っている

学んだスキルを処遇につなげる取り組みが始まった

学んだスキルを正当に評価し、仕事と処遇の向上につなげるまでを一気通貫で支える取り組みが始まりました。

論点案の1つ目は、次の流れを支える環境整備として、何が考えられるかを問うています。

  1. 労働市場で求められるスキルを見えるようにし、標準をつくる
  2. そのスキルを身につける教育訓練プログラムを開発し、提供する
  3. 身につけたスキルを、採用と処遇の向上につなげる

論点案は、受講の前にある「どのスキルが必要か」と、受講の後にある「そのスキルがどう報われるか」までを、ひと続きで扱っています。目的は、リスキリングなどの人材育成の実効性を高めることに置かれています。

国はすでに、観光や物流の現場人材を対象に、スキルと処遇の関係を整理する調査研究を進めています。今回の論点案では、こうした取り組みをさらに広げるための環境整備が、主要な論点の1つとして示されています。

論点案には、企業と地域の論点も並んでいる

論点案は全部で3つあります。2つ目は、中小企業をはじめとする各企業で、従業員の能力の獲得と発揮を労働生産性の向上に結びつける環境整備です。3つ目は、成長分野やエッセンシャル分野など人材ニーズの高い分野の人材育成に向けた、公的職業訓練における国と都道府県・地域の役割分担や具体的な取り組みです。

人材開発分科会の論点案に示された3つの柱
論点案の3つの柱(厚生労働省「今後の人材開発政策について」をもとに筆者作成)

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この記事では、1つ目の論点を取り上げます。

国は来年度、助成金602億円を概算要求している

厚生労働省は令和9年度の概算要求で、人材開発支援助成金に、全体で602億円を計上しました。令和8年度の当初予算は539億円です。

概算要求の資料には、業界団体などを対象にした「団体訓練」という区分があります。訓練プログラムの開発経費を助成し、開発に先立ってスキルの可視化や標準化を行う場合は、その経費も対象に含めます。助成率は、プログラム開発とスキルの可視化・標準化の経費が75%、訓練の実施経費が45%(中小企業以外は30%)としています。

関連する事業も2つ並んでいます。

  • キャリアラダーを企業が導入しやすくするための調査研究:1.2億円(令和8年度当初予算は92百万円)
  • 成長戦略分野などで、検定の創設や大幅な見直しを行う業界団体などへの支援:1.6億円(新規)

検定は、業界で求められるスキルの習熟度を見えるようにし、会社の外でも通用する評価の基盤になるものです。スキルを定義する、訓練する、習熟度を示す。3つの段階に分けてみると、それぞれに関連する予算が要求されています。

では、スキルと処遇の関係は、何を使って見えるようにするのでしょうか。

キャリアラダーでスキルと処遇の関係を見えるようにする

資料が挙げている道具は、キャリアラダーです。職種や役割ごとに能力や経験を段階的に整理し、成長の過程を「はしご」のように見えるようにしたものです。スキルと処遇の関係を明確にし、スキルを正当に評価する仕組みとして位置づけられています。

キャリアラダーは、職種とレベルの2つの軸で整理する

国が示す標準キャリアラダーは、縦に職種、横にレベルを置いた表の形をしています。レベルは、スタッフやマネージャーといった役職の目安で分けます。

それぞれのマスには、そのレベルの職務内容と必要なスキルを言葉にして書きます。資料の図では、マスごとに賃金の幅を書く欄も設けられています。スキルは、その職種で使う「職種固有スキル」と、コミュニケーションやデジタルリテラシーのように職種をまたいで使う「職種横断スキル」に分けて定義します。

縦に並べるのは、隣り合う職種です。資料は、隣接する職種へキャリアの幅を広げることで、処遇の向上が可能な道筋(キャリアパス)を見えるようにするとしています。1つの職種の中でレベルを上げる道に加えて、隣の職種へ移る道も1枚で見られる形です。

縦に隣接する職種、横にレベルを置いた表で、同じ職種でレベルを上げる道と、隣の職種へキャリアを広げる道を示したキャリアラダーのイメージ
キャリアラダーの一般的なイメージ(厚生労働省「今後の人材開発政策について」をもとに筆者作成)

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キャリアラダーを作ると、次の段階と移り先が見える

資料が挙げる狙いを、働く人と会社に分けて整理すると、次のようになります。

働く人にとって

  • 次のレベルに上がるために、どのスキルが必要かが分かる
  • 身につけたスキルが、どの段階の仕事と処遇につながるかが分かる
  • 今の職種の先だけでなく、隣の職種へ移る道筋も見える

会社にとって

  • 従業員のスキルが、どのレベルまで届いているかを確かめられる
  • 次に必要なスキルアップの支援を、計画として立てられる
  • スキルの評価と処遇の関係を、従業員に説明しやすくなる

研修を受けたかどうかではなく、スキルがどの段階に届き、それが処遇にどうつながるか。会社と働く人が、同じ表を見ながらこの話をしやすくなります。

国は観光と物流で標準モデルを作成している

対象は、就業人口の約6割を占める「現場人材」です。厚生労働省は令和7年度に、観光(ホテルスタッフ・旅館スタッフ)と物流(トラック運転手・倉庫スタッフ)の4職種で調査を行いました。

令和8年度は、観光・物流の企業が自社のキャリアラダーを作るときに使える「標準キャリアラダー」と、導入支援ツールを作成しています。中小企業を中心に想定したものです。製造と飲食の5職種でも、調査が進んでいます。

導入支援ツールの3点
・キャリアラダー作成支援シート:自社の職務内容に合わせて調整し、職種・レベルごとに必要なスキルと、スキルや処遇の向上を実現するキャリアパスを書き出す
・スキル評価シート:整理したスキルごとに管理者が評価し、それに応じたキャリア形成を支援する
・導入ガイドライン:社内に導入するときの運用モデルを示す

企業の担当者が、自社の人事・評価・賃金制度に合ったキャリアラダーを自前で導入し、運用できるようにする。これが、ツールの設計の考え方です。

令和9年度の調査研究は、製造・飲食の5職種と、17の戦略分野などに関連する3職種を対象とする予定です。標準キャリアラダーの段階に応じた賃金の範囲を企業アンケートで把握し、企業が自社のキャリアラダーを作れるかどうかを、企業へのヒアリングで確かめるとしています。

では、自社で考えるときは、どこから手をつけられるでしょうか。

筆者の考え:軸を決めてから、職種ごとに埋める

多くの会社には、等級制度や賃金表がすでにあります。キャリアラダーは、それを職種ごとのスキルや、隣の職種へ移る道筋と結びつけるものです。自社で考えるときは、全体の軸を決めてから、職種ごとの中身を埋めていく順番が進めやすいように思います。

1 軸を決める、2 職種ごとに仕事の内容・必要なスキル・評価の方法・賃金の幅を埋める、3 作った表と現場の仕事をすり合わせてあるべき姿に整える、という3つの手順
自社でキャリアラダーを考える3つの手順(筆者作成)

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まず、職種とレベルの軸を決める

最初に自社の職種を書き出し、仕事のつながりが近い職種どうしを隣に並べます。レベルの軸には、今の等級や役職の区分を使えます。

あわせて、隣の職種へ移る道筋も仮置きしておきます。どのレベルからどのレベルへ移れるのかは、職種ごとに必要なスキルを整理し、現場とすり合わせながら具体的にしていきます。

職種ごとに、仕事・スキル・評価・賃金を並べる

軸が決まったら、職種ごとに、レベル別に次の4つを並べていきます。

  • 仕事の内容
  • 必要なスキル
  • 評価の方法
  • 賃金の幅

キャリアラダーの1行分を取り出し、マスの中身を広げる形です。今ある職務の説明や評価基準、賃金表をもとに書き起こします。

作った表を現場とすり合わせ、あるべき姿に整える

表ができたら、現場と突き合わせてみてはいかがでしょうか。書いた職務内容やスキルが実際の仕事とずれていないか、隣の職種へ移る道筋が実際の異動と合っているかを確かめる作業です。

ただ、現場の今のやり方が正しいとは限りません。ずれが見つかったら、表と現場のどちらに合わせるかを決め、あるべき姿として表を整えていく。この往復を重ねると、評価と処遇の根拠として使える表に近づいていくように思います。

国の調査研究の成果は、job tag(厚生労働省の職業情報提供サイト)に掲載するとされています。標準キャリアラダーが公開されたら、自社の表と見比べる材料にもなりそうです。

自社の制度を考える場面で、この記事を参考にしてもらえることがあれば幸いです。

【セルフチェック】表づくりの材料をそろえる5項目

1枚の表を作るときに、手元にあると進めやすい材料を並べました。正解を出すためのものではなく、立ち止まって考えるためのものです。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。

  • 自社の職種を書き出し、隣り合う職種を並べられそうか仕事の内容が近い職種や、実際に異動の多い職種どうしが手がかりになります
  • 職種ごとの研修や訓練の記録は、どこにあるか受講履歴、資格の取得記録、OJTの計画などが手がかりになります
  • 職種ごとの評価の基準は、文書になっているか評価シートや等級の定義があれば、そのまま表の材料になります
  • レベルの軸に使える等級や役職の区分と、その賃金の幅が分かる資料はあるか賃金表や手当の規程と並べてみます
  • できた表を、現場と突き合わせる場を持てそうか職場の管理者や経験の長い方に見てもらい、ずれを確かめる方法があります

 

用語メモ

本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。

▶ 労働政策審議会 人材開発分科会

厚生労働大臣の諮問機関である労働政策審議会のうち、職業能力開発や人材育成の政策を審議する分科会です。公益・労働者・使用者の代表で構成されます。

▶ 概算要求

各省庁が翌年度の予算として必要な額を財務省に提出するものです。この記事の金額は、令和9年度の概算要求の額です。

▶ 人材開発支援助成金

事業主などが、雇用する労働者に職務に関連した専門的な知識や技能を習得させる訓練を計画に沿って実施した場合に、訓練の経費や訓練期間中の賃金の一部などを助成する制度です。

▶ 17の戦略分野

日本成長戦略(2026年7月21日閣議決定)などで、人材の育成・確保を進めるとされている分野です。資料に引用された内閣総理大臣の施政方針演説(2026年2月20日)では、量子、航空・宇宙、コンテンツ、創薬などが例に挙がっています。

▶ job tag

厚生労働省の職業情報提供サイトです。職業を「ジョブ」「タスク」「スキル」などの観点から整理して掲載しています。



 

※本記事は、2026年10月9日の労働政策審議会人材開発分科会の資料をもとに、一般的な情報提供を目的として整理したものです。資料は論点案であり、金額は令和9年度概算要求の時点のものです。今後の審議や予算編成で内容が変わることがあります。個別の判断にあたっては、最新の公表資料をご確認ください。

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