人事方針を見直した。でも、申請画面も、評価シートも、業務の手順書も前のまま。そんな経験はないでしょうか。方針を変えるとき、どこまで変えれば現場の行動まで変わるのか。システム開発の考え方を借りて整理します。
Contents
方針を変えても、変え忘れた仕組みが現場を動かす
人事方針の「変え忘れ」は、どこでも起きる
人事方針を変えたのに、周りの仕組みが前のまま、ということはよくあります。たとえば次のような場面です(筆者の整理)。
- 育休:「男性も希望する期間で取れるようにする」と決めても、代わりに仕事を担う体制や、育休明けの評価の扱いが前のまま(以前の記事:男性育休は「取得率」から「取得期間」へ)
- 働き方:勤務間インターバルを導入しても、例外になる場面や、休息が取れなかった翌日の扱いが決まっていない(以前の記事:勤務間インターバル、「11時間は無理」にどう応えるか)
- AI活用:「AIを使う」と掲げても、利用のルールやツールの権限、自分の仕事のどこで使うかが示されないまま(以前の記事:AI利用率が上がらない。社員はどこで止まっているのか)
- 育成:職場学習を方針に入れても、目標シートの様式や管理職の評価項目が前のまま(以前の記事:育成方針が現場に根づかないのは、管理職のせいなのか)
現場は、方針の文書より毎日触る仕組みで動く
働く人が毎日触れるのは、方針の文書ではなく、申請画面や評価シート、業務の手順です。方針と仕組みが食い違えば、多くの人は仕組みの方に従って動くはずです。
組織変革の研究で知られるコッターも、100社を超える企業の変革を見てきた経験をまとめた1995年のハーバード・ビジネス・レビューへの寄稿で、評価や報酬の仕組みが、新しいビジョンと自分の利益のどちらを取るかを社員に選ばせてしまうことがあると指摘しています。方針を変えるなら、仕組みも合わせて変えなければ、方針は文書の中だけのものになってしまうと考えます。
では、システム開発では、こうした変え忘れをどう防いでいるのでしょうか。
システム開発は、変更の影響範囲を先に洗い出す
仕様を1つ変えるなら、影響する範囲を先に調べる
システム開発では、仕様を1つ変えるとき、その変更がどの画面、どの帳票、どのプログラム、どのデータに及ぶかを先に洗い出します。「影響範囲の調査」や「影響分析」と呼ばれる作業です。洗い出しを怠ると、ある画面だけ新しい仕様になり、別の帳票は古いまま、という食い違いが起きます。
つながりを一覧にしておけば、影響をたどれる
影響範囲を素早く洗い出せるように、システム開発では、業務の目的と要件、設計、テストのつながりを双方向にたどれるようにしておく考え方があります。これを「トレーサビリティ」と呼び、その対応を表にしたものをトレーサビリティ・マトリクスと呼びます。要件を変えたときに、見直すべき場所を見つけやすくなります。
人事の仕組みも、同じ構造をしている
人事の仕組みも、方針から規程、帳票や評価、システムの設定、業務の流れへと、上から下へつながっています。それなのに、システムの変更では基本とされる影響範囲の確認が、人事方針の変更では行われないことが多いと、私はこれまでの経験から感じています。方針は人事、規程は労務、システムは情報システム部門、業務の流れは現場と、担当が分かれているためでしょう。
では、人事方針に、この考え方をどう当てはめればよいのでしょうか。
方針と仕組みを一覧でつなぎ、一緒に変える
人事方針を変えると決めたら、方針の文案と同時に、その方針が及ぶ規程・帳票・評価・システムの設定・業務の流れを洗い出し、方針に掲げた項目ごとに、どの仕組みに効いているかを一覧でたどれるようにすることだと考えます。各行には変えられる担当を書き、その人たちに検討に加わってもらう。システム開発で基本とされる影響範囲の確認を、人事方針にも行うということです。
方針に掲げた項目ごとに、効いている仕組みを書き出す
以前の記事では、育成方針について、合わせて見直す仕組みと担当の一覧を考えました。ここでは、それを方針全般に広げ、方針に掲げた項目と仕組みをつなぐ形にします。男性育休を例にすると、「男性も希望する期間で取れるようにする」という項目は、次のような仕組みに効いています(図1)。育休の規程、個別の周知・意向確認に合わせて希望する取得期間を把握する工夫、育休の取得を理由とする不利益な扱いを生まない評価のルール、勤怠や申請のシステムの設定、引き継ぎと代わりの体制です。新しい方針に合わない仕組みが残っていると、希望する期間で取りにくくなるおそれがあります。

※画像はクリックで拡大できます
各行に、変えられる担当と加わる時期を書く
一覧の各行には、その仕組みを変えられる担当を書きます。規程は人事労務、評価の算定ルールは評価制度の担当、システムの設定は情報システム部門、引き継ぎの体制は事業部門、といった具合です。あわせて、いつ検討に加わってもらうかも書いておくと、方針が決まってから慌てて調整することを避けられます。
一覧は方針と一緒に残し、次の見直しで使う
一覧は、方針を改定したら終わりではありません。方針の文書と一緒に残しておけば、次に方針を見直すとき、どこを直せばよいかを見つけやすくなります。法改正で規程を変えるときも、同じ一覧から影響をたどれます。
ただ、一覧を作っても、担当が動かなければ仕組みは変わりません。仕組みの見直しまで最後までやり切るのは、誰の役目なのでしょうか。
見直しをやり切る責任者は、経営が決める
変革の成否は、スポンサーの関わり方と結びついている
チェンジマネジメントの手法を提供するProsciは、25年間に12回、変革の実務家を対象に調査を行ってきました(38業種・101か国、延べ1万800件超の回答)。毎回「変革の成功に最も寄与するものは何か」を尋ねたところ、1998年以来もっとも多く挙げられてきたのは、変化を積極的に導き、目に見える形で関わり続けるリーダー、つまりスポンサーでした。スポンサーが極めて効果的だったプロジェクトでは79%が目的を達成し、極めて非効果的だった場合は27%でした。実務家の自己申告にもとづく調査で、示されているのは相関ですが、経営の関わりの大きさがうかがえます。
人事だけが率いるチームでは、力が足りない
コッターも、変革を率いるチームを、主要なライン部門の責任者ではなく人事などのスタッフ部門の幹部に率いさせると、強いライン部門のリーダーシップがないために必要な力を得られないと述べています。評価制度もシステムも業務の流れも変える一覧を、人事だけで動かすのは難しいと考えます。
だからこそ、方針を決める場で、仕組みの見直しまでを1つの計画として経営に承認してもらい、規程や評価、システムまで含めた見直しを最後までやり切る責任者を、その場で決めておくことが大切だと考えます。
では、人事は明日から何ができるでしょうか。
筆者の考え:方針の改定をシステム改修と同じ重さで
システム改修では、本番に出す前に変更の影響範囲を確認することが基本とされています。ところが人事方針の改定は、文書を直して説明会を開けば終わり、になりがちです。方針の改定も、現場の行動を変える「改修」です。システムの改修と同じ重さで扱ってよいのではないでしょうか。
もし始めるなら、次に改定する予定の方針を1つ選び、図1のような一覧を作ってみてはいかがでしょうか。そのとき、情報システム部門や業務に詳しい人と一緒に作ると、人事だけでは見えにくい画面の設定や業務の手順まで、つながりが見えやすくなります。私自身、システムと人事の両方に関わってきて、方針と仕組みの間で抜け落ちやすいのは、まさにこの「誰の担当でもない部分」だと感じてきました。参考にしてもらえる場面があれば幸いです。
【セルフチェック】方針と仕組みを一体で見直す5項目
この記事の考え方を、自社の方針の見直しに当てはめてみるためのチェックリストです。正解を出すためのものではなく、立ち止まって考えるためのもの。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。
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方針を変えるとき、文案と一緒に、影響する仕組みを洗い出しているか規程・帳票・評価・システム・業務
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方針に掲げた項目ごとに、効いている仕組みをたどれるかつながりの一覧
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一覧の各行に、変えられる担当を書いているか人事労務、評価、情報システム、事業部門
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その担当に、方針の検討段階から加わってもらっているか決まってから説明していないか
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方針と仕組みの見直しを、1つの計画として経営に承認してもらっているか見直しをやり切る責任者
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
▶ 影響範囲の分析
仕様や方針を変えるとき、その変更がどこに及ぶかを、実際に変える前に洗い出す作業です。
▶ トレーサビリティ
システム開発で、業務の目的・要件・設計・テストなどのつながりを、上流からも下流からもたどれるようにしておく考え方です。
▶ スポンサー
チェンジマネジメントで、変革を後ろ盾として支え、必要な判断や他の経営陣の調整を担う経営層のことです。
※本記事は2026年10月24日時点で確認できた公開情報をもとに、筆者の考えを加えてまとめたものです。Prosciの数値は変革の実務家への同社の調査(自己申告)にもとづくもので、コッターの寄稿は観察に基づく見立てです。図1と各例は筆者が整理した一般的な例で、組織によって異なります。個別の制度設計や法令対応は、専門家にご相談ください。