育成方針を変え、説明会やワークショップも開いた。それでも、現場の育成のやり方はなかなか変わらない。そんなとき、「管理職が動いてくれない」と感じることはないでしょうか。ただ、管理職と人事、それぞれの立場から見ると、方針が根づきにくい構造が見えてきます。チェンジマネジメントの考え方から、その構造を整理します。
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頭では分かっていても、管理職が動けない理由
受けたことのない育成は、説明だけでは再現しにくい
中原淳氏の論文(2012年、日本労働研究雑誌)は、1990年代後半以降、フィードバックする人の不足や管理職の多忙などで、職場が人を育てる力が落ちているという問題意識から始まっています。今の管理職の中にも、こうした育成環境の変化を経験してきた人はいるでしょう。
以前の記事(承認は何のためにするのか)で、部下が先に振り返りを話し、上司が基準とのずれを返す関わりを紹介しました。こうした対話を自分が受けたことがなければ、説明を聞いて「分かった」と思っても、実際の場面でどう進めればよいかは浮かびにくいはずです。
チェンジマネジメントの手法を提供するProsciも、研修に出るだけでは十分な知識にならないことが多く、練習や仕事の中でのコーチングなどが助けになるとしています。
評価が業績で決まれば、育成は後回しになりやすい
組織変革の研究で知られるコッターは、100社を超える企業の変革を見てきた経験をまとめた1995年のハーバード・ビジネス・レビューへの寄稿で、変革を妨げる障害の例として評価や報酬の仕組みを挙げています。それが、新しいビジョンと自分の利益のどちらを取るかを、社員に選ばせてしまうことがあるからです。
育成を方針に掲げても、管理職の評価が業績の数字を中心に決まるなら、忙しいときに育成の対話を後回しにするのは、仕組みに沿った自然な判断とも言えます。
では、方針を出す人事の側からは、どう見えているのでしょうか。
人事の取り組みも、研修の実施で止まりやすい
人事が動かせるのは、方針と研修までのことが多い
方針を書き、説明会や研修を開くことは、人事の権限の中でできます。一方で、管理職の評価項目、目標シートの様式、対話の時間の確保は、評価制度の担当や事業部門、経営の判断になることが多いのではないでしょうか。
その結果、手の届く研修だけが動き、方針と仕組みのずれは残ります。担当者の努力が足りないのではなく、役割の分かれ方から生まれるすき間です。
研修の成果は、職場の環境にも左右される
研修で学んだことが仕事で使われ、続くことを、研究では「研修転移」と呼びます。ボールドウィンとフォードは、転移に関わる要因を、研修の設計、受講者の特性、職場の環境の3つに整理しました(1988年)。職場の環境としては、上司や同僚の支援と、学んだ行動を仕事で使う機会を挙げています。研修の中身がよくても、職場に使う機会がなければ、学んだことは使われにくいということです。
「なぜ変えるのか」の前に、やり方を伝えていないか
Prosciは、変化に必要な要素を、変革の必要性の認識、参加し支える意欲、やり方の知識、実践する能力、定着(強化)の5つに分け、頭文字からADKARと呼んでいます。この5つは意図して順番に並べたもので、認識と意欲がないまま研修をしても効果がない、としています。
方針の説明会が、やり方の説明から入っているなら、管理職はまだ「なぜ変えるのか」「自分もやろう」と思える段階にないのかもしれません。
では、管理職のせいでも人事のせいでもないとすれば、何が方針を根づかせないのでしょうか。
方針が根づかないのは、仕組みのすき間で起きている
育成方針が根づかないのは、管理職の意識や人事の努力が足りないからというより、方針と仕組みの間にすき間があり、それを埋める役割がどこにも置かれていないからだと考えます。方針は人事が、評価や帳票は別の担当が、日々の業務は現場が持っています。方針を変えても、それに合わせて仕組みを変える役割がなければ、新しい行動は続きません。
新しい行動は「いつものやり方」になって定着する
コッターは、新しい行動は社会的な規範や共有された価値観に根づくまで、変革の圧力がなくなると元に戻ってしまうと述べています。変化が定着するのは、それが「ここでの仕事のやり方」になったときだとしています。
Prosciも、5つめの定着には、変化を続けるための働きかけ、承認、仕組み、報酬などが含まれるとしています。説明会の熱が冷めた後も行動が続くかどうかは、仕組みが方針と合っているかに大きく左右されます。
では、人事はこのすき間に、何から手をつければよいのでしょうか。
人事がすき間を埋めるために見直せる3つのこと
方針を「誰が、いつ、何をするか」で書く
方針は、そのままでは行動になりません。職場学習を大事にするという方針なら、上司は期初に「良い取り組み」の基準を部下と決める、部下は対話の場で先に振り返りを話す、上司はその振り返りと基準とのずれを返す、と書き下せます。行動として書くと、それを支える仕組みも見えてきます。
期待行動と仕組みのずれを、担当と一緒に一覧にする
次に、その行動に関わる仕組みを並べ、今の仕組みが方針と合っているか、誰が変えられるかを一覧にします(図1)。目標シートの様式、1on1の進め方、管理職の評価項目、対話の時間、研修です。仕組みで行動を縛るのではなく、新しい行動をとる方が自然で楽な状態をつくるための一覧です。

※画像はクリックで拡大できます
実行・行動・成果を分けて確かめる
確かめるときは、施策の実行(研修の実施、1on1の実施率)、期待行動の定着(上司と部下の行動が変わり、続いているか)、育成の成果(部下が自分で判断し、改善できるようになったか)を分けて見ます。1on1の実施率が100%でも、上司が一方的に話しているなら、期待行動は実現していません。
ただ、一覧にしてみると、人事だけでは変えられない仕組みが多いことにも気づくはずです。
筆者の考え:すき間を埋めるには胆力がいる
図1のように並べると、人事の権限ですぐに変えられるのは、研修や対話の進め方くらいかもしれません。評価項目や時間の確保は、評価制度の担当や事業部門、経営の判断になります。そこに手を伸ばすには、相当な胆力が要ります。
それでも、方針を出した側がすき間に気づき、声を上げなければ、方針は説明会で終わってしまいます。管理職も人事も、それぞれの持ち場では精一杯やっている。だからこそ、すき間は誰のものでもなくなりやすいのだと思います。
すき間は、できてから埋めるより、最初から作らない方が楽です。もし次に方針を見直す機会があれば、方針の文案と一緒に、図1のような「合わせて変える仕組み」の一覧と、それぞれの担当を計画に入れてみてはいかがでしょうか。方針を変えることと、仕組みを変えることを、別々の仕事にしないということです。
一覧を作ると、方針を変えたときに関わる人も見えてきます。評価制度の担当、事業部門、経営、現場の管理職です。できれば検討の最初から、難しくても方向性が見えてきた段階で、その人たちに検討に加わってもらう方がよいと考えます。決まった方針を後から説明されるのと、検討の途中から関わるのとでは、受け止め方が変わります。実行するうえでどこが壁になりそうか、どう乗り越えるかも、その場で一緒に話し合えます。コッターも、変革を率いる十分な力を持ったチームをつくれないことを失敗の原因の一つに挙げ、人事などのスタッフ部門だけが率い、強いライン部門のリーダーがいないチームでは、必要な力を得られないと述べています。参考にしてもらえる場面があれば幸いです。
【セルフチェック】方針と仕組みのすき間を見る5項目
この記事の考え方を、自社の育成方針に当てはめてみるためのチェックリストです。正解を出すためのものではなく、立ち止まって考えるためのもの。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。
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方針を「誰が、いつ、何をするか」の期待行動として書き出しているか上司と部下の両方
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方針の説明が、やり方より先に「なぜ変えるのか」から始まっているか認識と意欲
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期待行動に関わる仕組みと、それを変えられる担当を一覧にしているか帳票、評価、時間
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管理職の評価が、育成の方針と食い違っていないか業績の数字だけで決まっていないか
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実行・行動・成果を分けて確かめているか実施率だけで終わっていないか
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
▶ チェンジマネジメント
組織の変革を、計画から定着まで進めるための考え方や手法です。制度や仕組みを変えるだけでなく、人の行動が変わり、続くところまでを扱います。
▶ 研修転移
研修で学んだ知識やスキルが、職場の仕事で実際に使われ、続くことです。
▶ 期待行動
方針を実現するために、誰に、いつ、どんな行動をとってほしいかを具体的に書いたものです。本記事での呼び方です。
Baldwin, T. T., & Ford, J. K. (1988) "Transfer of Training: A Review and Directions for Future Research" Personnel Psychology 41, 63–105
※本記事は2026年10月24日時点で確認できた論文や公開情報をもとに、筆者の考えを加えてまとめたものです。コッターの寄稿は観察に基づく見立てで、統計的な調査ではありません。ADKARはProsci社のモデルと調査にもとづくものです。図1と期待行動・仕組みの例、担当の分け方は、筆者が整理した一般的な例で、組織によって異なります。