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AIに悩みを相談して、本当に意味はあるのでしょうか。AIのコーチと人間のコーチを比べた研究を3本、原論文にあたって読み比べ、AIコーチに向いていること・向いていないことを整理します。
Contents
「AIコーチは効くのか」、研究の答えは割れていた
AIのコーチが効くかどうかを確かめた研究は、ここ数年で少しずつ増えています。ところが、その中から参加者を無作為に分けて比べた研究を3本読み比べると、答えが割れていました。まずは、それぞれの研究が「誰を相手にしたものか」から見てみましょう。
3本の研究と、その結果
・ビジネススクールの学部生(2022年):目標の達成で、AIのコーチが人間のコーチに並んだ
・管理職・リーダー層(2026年):人間のコーチが成果を出し、AIのコーチでは一貫した効果が確認されなかった
・キャリアを考える働く人(2026年):AIとの1回の対話のあと、3週間後の時点でネガティブな気分が下がっていた
3本とも、RCT(ランダム化比較試験)という方法を使っています。研究の信頼度に関わる言葉なので、先に中身を確認しておきます。
RCT(ランダム化比較試験)とは
参加者をくじ引きのように無作為にいくつかのグループに分け、「AIのコーチを受けるグループ」「受けないグループ」などで結果を比べる研究方法です。どのグループに入るかを本人が選ばないので、「もともと意欲の高い人がAIを選んだから効果が出た」といった偏りを減らせます。効果を確かめる方法として、最も信頼度が高いものの一つとされています。
学生の目標達成では、AIが人間に並んだ
1本目は、2022年に学術誌PLOS ONEに載った研究です。イギリスのビジネススクールの学部生を対象に、コーチが目標の達成をどこまで支えられるかを調べました。
この研究は、AIと人間を同じ実験の中で比べたものではありません。まず人間のコーチで無作為に分けた実験を行い、別の時期に同じ設計でAIのコーチの実験を行って、2つの結果を並べています。最終的に分析したのは、人間のコーチを受けた94人、AIのコーチを受けた75人などです。
結果は、コーチを受けなかったグループも目標の達成度は上がりましたが、人間とAIのグループはそれを上回りました。そして、人間とAIのあいだには、偶然の範囲を超える差は見られませんでした。細かく見ると、AIのグループは途中まで人間のグループをわずかに下回っていて、人間のコーチングが終わった後の最後の測定で追いついています。AIは、人間のコーチングが終わった後も使い続けられたからです。
ここで大事なのは、使われたAIがどんなものだったかです。Viciという名前のこのAIは、何でも相談できる相手ではありませんでした。目標を具体的にする、その目標の大切さや実現できるかを問う、行動を決める、進み具合を確かめる、つまずきを振り返る、計画を直す、という流れに沿って質問するように作られていたのです。
研究者自身も、「AIなら何でも人間並み」とは言っていません。範囲を狭く絞り、理論に沿って作ったAIなら、人間に並ぶ可能性がある。これがこの研究で言えることの範囲です。では、相手が学生ではなく、経験を積んだリーダーだったらどうなるのでしょうか。
リーダー層では、人間のコーチに差がついた
2本目は、2026年に学術誌Human Resource Development Internationalに載った研究です。1本目の著者も加わり、今度は人間のコーチとAIのコーチを同じ実験の中で直接比べました。研究者たちは、両者を直接比べた初めてのRCTだと位置づけています。
なお、1本目のViciも、この研究で使われたAIも、共著者の一人が開発に関わったものです。AIの開発者自身が加わった研究で、次のような結果が出たことも、読むうえで押さえておきたい背景です。
参加したのは、管理職・リーダー層の114人です。「人間のコーチ」「AIのコーチ」「何もせずに順番を待つグループ」の3つに無作為に分け、約1か月、週1回のペースでコーチングを行いました。
結果は、1本目と大きく違いました。人間のコーチを受けたグループでは、目標の達成やストレスなど、いくつもの面で改善が見られました。一方、AIのコーチを受けたグループでは、順番待ちのグループを上回る一貫した効果が確認されませんでした。一時的に差が見られた指標もありましたが、その差は続きませんでした。
続け方にも差が出ています。AIのグループでは、途中でやめた人の割合が人間のグループの約10倍にのぼりました。
学生ではAIが並び、リーダー層では人間に差がついた。ここで「やはりAIでは足りない」とまとめたくなりますが、同じ2026年に、もう1本違う結果が出ています。
キャリアの悩みでは、AIにも効果が出た
3本目は、2026年8月に学術誌Journal of Vocational Behaviorに載った研究です。テーマはキャリアのコーチングで、3本の中ではいちばん身近な場面を扱っています。
ドイツで働く大人82人を、「AIのコーチを受けるグループ」と「後から受けるグループ」に無作為に分けました。使ったのは、問題の原因を掘り下げるより、うまくいっている部分や望む状態に目を向けてもらう「解決志向」という考え方に沿って作られたチャットボットです。決まった台本に沿って進む仕組みで、ChatGPTのような生成AIではありません。
結果は、1回の対話のあと、3週間後の時点で、ネガティブな気分(negative affect)が後から受けるグループより下がっていました。さらに、ネガティブな気分が下がった人ほど、キャリアの目標がはっきりしていました。
ただし、AIとの対話がキャリアの目標を直接はっきりさせた、という効果は確認されていません。研究者が示しているのは、ネガティブな気分が下がることを通して、目標がはっきりしていくという道筋です。気持ちが整うことが先にあり、目標の明確さはその先にある、という順番です。
AIが人間に並び、人間が差をつけ、キャリアの場面ではまたAIが効いた。3本の答えがここまで割れたのは、なぜなのでしょうか。
分かれ目は「AIか人間か」ではなかった
3本を並べて見えてくるのは、「AIコーチは効くのか」という問いそのものが粗すぎるということです。AIのコーチは、目標を決めて行動につなげるような、手順のはっきりした働きでは成果を出しています。一方で、安心して話せる関係が土台になる働きほど、人間のコーチが強くなります。答えは「どちらが優れているか」ではなく、「コーチングのどの働きを任せるか」で変わっていました。
コーチングがしていることを4つに分けてみる
結果の違いを見るために、まずコーチングが何をしているのかを整理しておきます。手がかりになるのが、国際コーチング連盟(ICF)がまとめた「コア・コンピテンシー」です。世界中のコーチとともに優れたコーチの行動をまとめたもので、「基盤を整える」「関係をともに築く」「効果的なコミュニケーション」「学習と成長を育む」の4つの領域でできています。
これを、コーチングを受ける側から見た働きに言い直すと、次の4つになります。
- 安心して話せる場をつくる:何を話しても大丈夫だと思える、信頼と安全
- 何を扱うかを一緒に決める:今日のテーマや、目指す姿をすり合わせる
- 気づきを引き出す:聴く、問う、映し返すことで、自分の考え方の癖やいつもの見方に気づいていく
- 気づきを行動につなげる:次の一歩を決め、振り返り、続けていく
4つは、順番に進む手順ではありません。1つ目の信頼と安全が、ほかの3つを支える土台になっています。
3つ目の「気づきを引き出す」は、自分の考えを一歩引いて眺める(メタ認知)働きです。振り返りを促す問いなら、AIでもある程度は返せます。ただ、本人が避けている話題に踏み込んだり、耳の痛い見方を受け止めたりするには、1つ目の信頼関係が土台になると考えられます。
この4つに、3本の研究を重ねてみます。学生の研究のViciは、2つ目の「何を扱うかを決める」と4つ目の「行動につなげる」を、決まった手順で回すAIでした。キャリアの研究のAIは、うまくいっている部分に目を向けてもらう問いで、3つ目の「気づき」の入り口を1回だけ扱っています。どちらも、AIが効果を出した研究です。
反対に、リーダー層の研究は、立場も経験もある人が複雑な課題を持ち込む場面でした。この研究では、土台にあたるコーチとの信頼関係・協働関係(ワーキングアライアンス)を実際に測っていて、それが人間のグループで高く、成果とも結びついていました。
続けることは、一見するとAIが得意そうな働きです。ところがリーダー層の研究では、AIのグループで途中でやめた人が約10倍でした。続ける力そのものも、信頼関係という土台から生まれているのかもしれません。ただ、リーダー層の研究には、もう一つ見逃せない結果があります。
成果は「誰にコーチしてもらうか」だけでは決まらない
研究者たちは、コーチングを始める時点で参加者がどんな状態だったかも調べていました。自分ならできるという感覚(自己効力感)、希望、困難をしなやかに受け止める力、まわりから支えられている感覚などです。
その中で、始める時点の自己効力感と希望(hope)が、その後の成果を強く予測していました。始める時点で「自分ならできる」「この先はよくなる」と思えていた人ほど、成果につながりやすかったのです。研究者たちはこれを、コーチだけが成果を決めるのではなく、コーチと受ける側の双方が影響し合って結果が決まる、と説明しています。
これは、「前向きな人にしかコーチングは効かない」という意味ではありません。受ける側の状態も、成果を左右する条件の一つだということです。では、まだ希望を持ちにくいとき、自分ならできると思えないときは、どうすればいいのでしょうか。
AIコーチに向く場面、人と話したい場面
その問いに、研究はまだはっきりした答えを出していません。ただ、キャリアの研究では、1回の対話でもネガティブな気分が少なくなっていました。まずは小さく使ってみて、自分の様子を見ながら使い方を決めていくのが現実的です。そのときの目安を、3本の研究から引き出してみます。
AIに向いていそうな場面
- 頭の中がごちゃごちゃしていて、まず言葉にしたい
- 次にやることを1つだけ決めたい
- 1日や1週間の終わりに、起きたことを振り返りたい
- 思いついたその瞬間に、誰かに話したい
どれも、扱うことを決め、気づきの入り口に立ち、次の一歩につなげる使い方です。手順がはっきりしているほど、AIの得意な形に近づきます。
人と話した方がよさそうなサイン
次のようなことが起きていたら、AIとの対話だけで進めるより、信頼できる人と話す時間をつくった方がよいかもしれません。
- 3回相談して、3回とも同じ結論に戻ってきた
- 転職や独立、家族のことなど、大きな決断を控えている
- 本当は考えたいのに、1人だと向き合いにくい話題がある
- AIの答えに納得はするのに、行動が1つも変わっていない
これらは、気づきをもう一段深めるために、信頼できる相手との関係が必要になっているサインです。なお、気分の落ち込みが長く続く、眠れないなど心や体の不調があるときは、コーチングより先に、医療機関や専門の相談窓口につながることを優先してください。
まだ分かっていないこと
AIと人間を組み合わせたら、何が起きるのか。たとえば、人間のコーチと月に1回話し、そのあいだの日々をAIが支えるような使い方です。今回の3本はAIか人間かを比べた研究で、組み合わせたときの効果までは調べていません。
一方で、こうした組み合わせのサービスは実際に出始めています。たとえば株式会社Rinは、月1回のプロのコーチとの面談と、毎日のAIコーチとの振り返りを組み合わせた6か月のプログラム「SHIFT6」を提供しています。こうした組み合わせがどこまで効果を持つのかは、これからの研究を待つ部分です。
実際にAIコーチを使って見えてきたこと
AIのコーチは、私も使ってきました。長く使っていたのがAwarefy(アウェアファイ)で、最近使い始めたのが、SHIFT6と同じRinが出しているアプリ自分と話すノートです。
Awarefyは2024年7月から使っていました(現在は利用していません)。テーマを決めて話せたり、始まりと終わりに気持ちを確かめる流れがあったりと、丁寧に作られたアプリです。振り返りのレポートでは、自分の考え方の傾向やパターンも示されます。ただ、示された傾向を自分の中でどう受け止め、次にどうつなげるかは、思っていたより難しいと感じました。
この実感は、研究を読み比べて見えてきたことと重なっているように思います。AIは気づきの入り口までは連れてきてくれる。けれども、その気づきを深く受け止めて行動につなげるには、安心して話せる関係という土台が要るのかもしれません。
自分と話すノートは、最初にいくつかの質問に答えると、大切にしている価値観を8つの軸で描いたマップを見せてくれます。毎日の問いも用意されていて、何を書こうか迷わずに始められます。無料で使える範囲ではコーチと話せるのが1日3回までなので、もう少し考えたいところで区切られることもありますが、続けやすさへの気配りが随所に感じられるアプリです。
入力のしかたにも違いがあります。自分と話すノートには音声入力の機能がありますが、Awarefyのアプリには、使っていた範囲では見当たりませんでした。そこで、Typelessという音声入力アプリを使って、話しながら入力していました。考えながら話せるのは大きな利点です。ただ、声に出せる場面ばかりではないので、音声と文字のどちらにも向き不向きはあります。
入力のしかたや問いの出し方、話せる回数といった使い心地の違いは、今回の3本の研究では測られていません。研究で分かることと、実際に使ってみて初めて分かることは、違うのだと思います。いろいろなアプリを使いながら、使い心地を確かめていくつもりです。
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
▶ RCT(ランダム化比較試験)
参加者を無作為にいくつかのグループに分け、結果を比べる研究方法です。グループ分けを本人が選ばないので、偏りを減らして効果を確かめられます。
▶ 対照群・待機群
比べる基準にするグループのことです。対照群は何もしないグループ、待機群は実験が終わってから同じ支援を受けるグループを指します。本文では「順番を待つグループ」「後から受けるグループ」と書いています。
▶ 有意差
グループ間の差が、偶然では説明しにくいほど大きいことを指す統計の言葉です。「有意差がない」は、差があるとは言い切れないという意味で、「まったく同じ」という意味ではありません。
▶ ICFコア・コンピテンシー
国際コーチング連盟(ICF)が、優れたコーチに求められる行動をまとめた基準です。4つの領域と8つの項目でできていて、コーチの資格認定の土台にもなっています。
▶ ワーキングアライアンス
コーチと受ける人のあいだの信頼関係・協働関係のことです。目標や進め方について合意できているか、互いに信頼できているかといった点で測ります。
▶ 自己効力感
「自分ならできる」という感覚のことです。心理学の研究でよく使われる尺度で、行動を起こしやすさや続けやすさと関係するとされています。
▶ ネガティブな気分(negative affect)
不安、いらだち、落ち込みなど、嫌な気分をまとめて指す心理学の言葉です。キャリアの研究では、この気分がどれだけ下がったかを成果として測っています。
▶ 解決志向
問題の原因を深く掘り下げるより、すでにうまくいっていることや望む状態に目を向けて、次の一歩を見つける考え方です。もとは短期の心理療法(Solution-Focused Brief Therapy)から生まれました。
出典・参考情報
※本記事は2026年9月時点で公開されている研究論文をもとに、AIコーチングの研究動向を一般向けに整理したものです。特定のアプリやサービスの効果を保証するものではありません。心や体の不調が続く場合は、医療機関や専門の相談窓口にご相談ください。