人的資本・ウェルビーイング経営

「クイック・ウィンで行きましょう」は、どこへ向かう一歩なのか ― 小さな成果を、大きな道の上に置く

大きな方向性の話をしたら、「まずはクイック・ウィンで行きましょう」と返されたことはないでしょうか。では、その一歩はどこへ向かっているのでしょうか。小さな成果を大きな変化につなげる選び方を、短期の成果の大切さを説いたコッターの言葉からたどります。

行き先のないクイック・ウィンが、穴掘りになる

大きな話をすると、小さな成果を求められる

中長期の方向性を話すと、「まずは目に見える成果を出しましょう」と言われることがあります。以前の記事(自分の権限では決められない仕組みを、どう変えるか)でも触れたように、早い段階の成果は周りを動かす材料になります。言っていること自体は正しいのです。

ただ、行き先を決めないまま「早く出せる成果」を探すと、選ばれるのは目の前の困りごとの解消になりがちです。手続きを1つ減らす、資料のひな形を作る。どれも助かる改善ですが、それが何につながるのかは、誰も説明できません。

目の前の穴を掘るほど、先の道が見えなくなる

こうした穴掘りが続くのは、個人の視野が狭いからとは限りません。目の前の成果が優先され、将来のための取り組みが後回しになりやすい仕組みにも、原因があるのではないでしょうか。

レペニングとスターマンは、成果が足りないとき、組織は「もっと頑張る」ことで差を埋めがちだと指摘しました(2001年)。頑張れば成果はすぐ上がりますが、仕事のやり方を良くする時間が削られ、やがて能力そのものが落ちて、さらに頑張るしかなくなります。組織学習の研究で知られるマーチも、すでにある知識や能力を磨く「活用」は、新しい可能性を探る「探索」より速く洗練されやすく、活用に偏ると、短期的には効果的でも長期的には組織の適応力を損ないかねないと論じています(1991年)。

クイック・ウィンを急ぐほど、かえって行き詰まる

「クイック・ウィン」という言葉そのものを掲げた研究もあります。ハーバード・ビジネス・レビューに載った「クイック・ウィンの逆説」は、5,400人を超える新任リーダーを調べ、つまずいたリーダーには、クイック・ウィンを急ぎすぎる人に共通する5つの行動があったと報告しています(Van Buren & Safferstone、2009年)。細かい点にこだわる、批判をうまく受け止められない、周りを威圧する、結論に飛びつく、部下を細かく管理する、の5つです。同誌の要約によると、著者らは個人の手柄としての成果ではなく、チームと一緒に出す集団のクイック・ウィンを勧めています。

では、クイック・ウィンという考え方そのものが、間違っているのでしょうか。

コッターのクイック・ウィンはビジョンの上にあった

短期の成果は、望むものではなく計画してつくる

組織変革の研究で知られるコッターは、1995年のハーバード・ビジネス・レビューへの寄稿で、短期の成果を「望む」ことと「つくる」ことは違うと書いています。成功した変革では、年間の計画に目標として組み込み、意図して成果を出し、関わった人に報いていました。

例に挙がっているのは、米国のある製造業の新製品です。変革を始めて約6か月の時点で、短い期間で出せる、新しいビジョンに共感する小さなチームで担える、伸びしろがある、既存の部門の外で動ける、という複数の条件で選ばれ、約20か月後に発売されました。偶然に任せず、成果につながる可能性を見極め、複数の条件を考えて選ばれた一歩だったのです。

ビジョンがなければ、施策は寄せ集めになる

コッターは、筋の通ったビジョンがないと、変革は互いにかみ合わないプロジェクトの寄せ集めに崩れやすいとも書いています。経理の業務改革、人事の360度評価、工場の品質活動、営業の風土改革が、それぞれ走っても足し合わさらない、という例です。一つひとつは成果でも、並べると一本の道にならない。これが、穴掘りの正体と言えるのではないでしょうか。

最初の改善で勝利を宣言すると、変化は止まる

さらにコッターは、最初のはっきりした改善で勝利を宣言すると、勢いが失われ、元のやり方に戻ってしまうと警告しています。成功した変革では、短期の成果で得た信頼を、まだ手をつけていない、ビジョンに合わない仕組みや構造の見直しに使っていました。クイック・ウィンは、ゴールではなく、次の大きな一歩の足場だったのです。

では、道の上に置くクイック・ウィンは、どう選べばよいのでしょうか。

クイック・ウィンは、行き先から逆算して選ぶ

クイック・ウィンは、行き先を描いたあとに、その道の上から選ぶものだと考えます。選ぶときの目安は3つです。行き先にある事業の目標に沿っているか。根づかせたい新しい行動を、最初に形にして見せられるか。結果から、地図を描き直す手がかりが得られるか。この3つに当てはまらない成果は、早くても、目の前の穴を掘っているだけかもしれません。

早い成果は、長期の目標と新しい行動に沿わせる

新任リーダーの最初の数か月を扱ったワトキンスの『最初の90日』も、早い成果に2つの役割を求めています。短い期間で信頼を得ることと、長期の目標の土台を築くことです。そのために、早い成果は、事業の最優先の目標と合っていること、そして組織に根づかせたい新しい行動の型を持ち込めることが大切だとしています。

たとえば、行き先が「判断を現場に任せ、動きを速くする」ことなら、会議を1本減らすより、承認の段数を1つ減らして判断を現場に任せる方が、行き先にある行動を先に見せられます(筆者の例)。どちらも早く出せる成果ですが、道の上にあるのは後者です。

クイック・ウィンを選ぶ3つの目安(行き先に沿う・新しい行動を見せる・地図を描き直す材料になる)
クイック・ウィンを選ぶ3つの目安(Kotter 1995、Watkins、Weick 1984の考え方を参考に筆者作成)

※画像はクリックで拡大できます

小さな成果は、地図を描き直す材料にもなる

コッターは、短期の成果を求める圧力には良い面もあると書いています。短期の成果を約束すると危機感が保たれ、細かく考えざるを得なくなるため、ビジョンを明確にしたり、見直したりするきっかけになるからです。

組織論の研究者ワイクは、社会問題を扱った論文で、問題を大きく捉えすぎると人は動けなくなると指摘し、具体的に完了した、中くらいの重要さの成果を積む「スモール・ウィン」を論じました(1984年)。小さな成果の積み重ねから一つの方向性が見えてきたり、味方が増え、反対する人の抵抗が弱まったりする可能性があるといいます。小さな成果は、ゴールに近づく一歩であると同時に、地図が合っているかを確かめる試しでもあるのです。

とはいえ、地図を完璧に描いてからでは、いつまでも動けません。どこまで描けば、動き出してよいのでしょうか。

地図は粗くていい。ただ、向きは先に決める

最初のビジョンは、ぼやけていてかまわない

コッターも、最初のビジョンの案は1人から出ることもあり、はじめは少しぼやけていると書いています。推進するチームが3か月、5か月、ときに12か月かけて考え抜くうちに、ずっと良いものになるといいます。地図は完成品でなくてかまいません。必要なのは、どちらへ向かうのかという向きです。

全体の設計がない継ぎ足しは、後で重荷になる

システム開発では、全体の設計を描かずに、目の前の不具合だけを直し続けることがあります。システムは動いているのに、どこを触ると何が壊れるか分からなくなる。こうした状態は「技術的負債」と呼ばれ、後から大きく作り替えようとしたときの重荷になります。

この言葉は、プログラマーのウォード・カニンガムが1992年に示したたとえに由来します。最初からすべてを理解して作ることはできないので、まず動くものを出して経験を積み、その学びをもとに設計を直していく。後から手を入れることを前提に早く進めることを、借金にたとえたのです。早く出すこと自体が悪いのではなく、学びを設計に返さないまま積み重ねることが重荷になります。クイック・ウィンも同じで、得た学びを行き先という全体の設計に返していけば、早く出すことは前向きな借金になります。

組織も同じです。行き先のないクイック・ウィンを継ぎ足していくと、方針を変えたいときに、どの仕組みがどこにつながっているのかが分からなくなります(以前の記事:人事方針を変えるとき、どこまで変えればいいのか)。

では、「まずはクイック・ウィンで」と言われたとき、どう返せばよいのでしょうか。

筆者の考え:「どこへ向かう一歩ですか」と聞き返す

「まずはクイック・ウィンで」という言葉は、大きな話を小さくして、そこで話を終えるために使われることがあると感じてきました。行き先の話をしたのに、目の前の穴の話に戻ってしまうのです。

私がこの言葉に引っかかってきたのは、システムを作ってきた経験から、その場しのぎの継ぎ足しが後でどれだけ重くなるかを知っているからだと思います。早く出すこと自体が悪いのではありません。どこへ向かう一歩なのかが分からないまま積み上げることが、組織の負債になるのだと考えています。

けれど、短期の成果の大切さを説いたコッター自身は、それをビジョンと計画の上に置いていました。だから、この言葉を否定する必要はないと思います。もしそう言われたら、「その一歩は、どこへ向かう道の上にありますか」と聞き返してみてはいかがでしょうか。行き先を一緒に一文で書き、そのうえで3つの目安で一歩目を選ぶ。そうすれば、早い成果と大きな変化を、どちらか一方ではなく両方取りにいけるはずです。参考にしてもらえる場面があれば幸いです。

【セルフチェック】クイック・ウィンを選ぶ5項目

この記事の考え方を、ご自身の取り組みに当てはめてみるためのチェックリストです。正解を出すためのものではなく、立ち止まって考えるためのもの。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。

  • その成果が向かう行き先を、一文で書けるか事業の目標の言葉で
  • その成果は、根づかせたい新しい行動を見せているか今のやり方の延長になっていないか
  • 結果から、次に何を確かめるかが決まっているか地図を描き直す材料
  • 最初の成果のあと、大きな仕組みの見直しに進む計画があるか勝利宣言で止めない
  • 並んでいる施策を足し合わせると、一本の道になるか寄せ集めになっていないか

 

用語メモ

本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。

▶ クイック・ウィン

変革の早い段階で出す、目に見える成果です。コッターは「短期の成果(short-term wins)」、ワトキンスは「早い成果(early wins)」と呼んでいます。

▶ スモール・ウィン

ワイクが示した考え方で、具体的に完了した、中くらいの重要さの成果のことです。大きすぎる問題を扱える大きさに区切り、成果を積み重ねていきます。

▶ 活用と探索

マーチが示した、組織学習の2つの方向です。活用はすでにあるやり方を磨くこと、探索は新しい可能性を試すことを指します。

▶ 技術的負債

システム開発で、その場しのぎの修正や設計の後回しが積み重なり、後から直したり作り替えたりするときの手間が増えていく状態のことです。

 



Michael D. Watkins "The First 90 Days" Harvard Business Review Press(初版2003年、改訂増補版2013年。本文の「事業の最優先の目標」は初版の表現)




 

※本記事は2026年10月25日時点で確認できた研究や公開情報をもとに、筆者の考えを加えてまとめたものです。コッターの寄稿は観察にもとづく見立て、ワイクの論文は社会問題を扱ったもの、レペニングとスターマンの論文とマーチの論文はモデルにもとづく理論的な議論を含むものです。図1と承認の段数の例は、筆者が整理した一般的な例です。

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