人的資本・ウェルビーイング経営

AI利用率をKPIにすると何が壊れるか ― Metaの撤回とEYの1億ドルから考える評価指標の設計

アメリカでは企業の58%が社員にAIの利用を義務づけ、評価や昇進に結びつける会社も出てきました。日本でも義務化する会社が出始めています。次に来るのは「どれだけ使ったか」を評価に使う段階ですが、その道を1年早く走った会社が、この夏それを撤回しました。何が起きたのかを追いながら、自社の評価にAI利用を入れる前に確認しておきたいことを整理します。

Metaは「AIを使った量」で人を見た

2026年9月2日、Metaの技術部門の幹部2名が、社内のエンジニア全員に評価基準の変更を通知しました。内容は「AI導入の集計やトークン数では、社員の貢献を評価しない」というものです。裏を返せば、それまでは使った量が見られていた、ということになります。

話は約1年前にさかのぼります。Metaは社内に「AIを使って成果を出すこと」を2026年の中心的な期待として伝えました。現場では、チャット型のAIや、指示を受けて自分で作業を進めるAIエージェントを、どれだけ仕事に使ったかが見られるようになりました。

7月に提訴した元社員らの訴状によると、利用量に応じて「AI Native」「AI First」「AI Enabled」というラベルが付いていたとされています(WIRED報道)。但し、Metaは、ラベルを評価に使ったことはないと否定しています。

社内ランキングと「使用量の水増し」

2026年春、ある社員が社内に自作のランキングを公開しました。名前は「Claudeonomics」。8万5,000人を超える社員のAI使用量を集計し、上位250人を表示する仕組みで、上位者には称号まで付いていました。

このランキングは外部に漏れ、2日後に閉鎖されました。しかしこの頃から、AIの使用量をわざと増やして「AIを使っている人」に見せる行動が広がり、tokenmaxxing(トークンマキシング)という呼び名まで付きました。

社員の証言として報じられているのは、次のような行動です。

  • 社内の文書に答えが書いてある質問を、わざわざAIに聞く
  • 使う予定のない機能を、AIで試作する
  • 手作業の方が速い仕事でも、AIを使う
  • 「AIを使っていない人」と見られるのが怖くて使う

つまり、「使った量」が見られていると分かった瞬間、社員は仕事の中身ではなく、量を増やす方向に動いたということです。

使う量が増えても、成果は増えなかった

では、AIの使用量が増えた結果、Metaの仕事は速くなったのでしょうか。Reutersが8月26日に公開した特別リポートに、社内の数字が出ています。

Reutersが報じた社内の数字(前年比)
・社内システムへのコード変更:220%増
・ユーザーに届いた機能の改善:36%増
・重大な技術・セキュリティ事故:40%増
・事故対応にかかった時間:70%増
・社員満足度調査の「良い」回答:74%→55%

作業の量は2倍以上に増えたのに、ユーザーに届いた成果は3割ほどしか増えていません。しかも事故が増え、その対応に人の時間が取られています。使った量と、生み出した成果は、別だったということです。

つまり、「使えば成果が出る」という前提が、数字で崩れました。量を追えば、量だけが増える。増えた量を支えるために、かえって人の手間がかかる。これがMetaで起きたことです。

利用量を評価に使うと何が起きるかの流れ図
利用量を評価に使うと何が起きるか(筆者作成・出典:Reuters報道等)

※画像はクリックで拡大できます

※上記の数字はReutersの報道によるもので、Metaは数字についてコメントを控えています。

明文化しなくても、数字は評価になる

ここで一つ、大事な食い違いがあります。Metaは公式には「評価と昇進は人が判断している」「ラベルは評価に使っていない」と説明しています。制度の上では、使用量は評価基準ではなかった、というのがMetaの立場です。

一方で、報道が伝えている運用はこうです。

  • 「AIを使って成果を出すこと」を重要な期待として社内に通知していた
  • 使用量を記録する、評価用の仕組みがあった
  • 9月2日の通知で「集計やトークン数では評価しない」と、わざわざ明記した

使っていなければ、「使わない」と書く必要はありません。制度に書いていなくても、現場では使用量が評価につながると受け取られていた、と読むのが自然です。

これはMetaだけの問題ではありません。会社が強く推している数字を、社員が「これで評価される」と受け取るのは、ごく自然な流れです。制度に書いていないことは、現場では「書いていない」ではなく「否定されていない」と読まれます。経営が「これは評価には使わない」と言わなかった空白を、現場が埋めた。ランキング・ラベル・集計画面という「目に見えるもの」が、言葉の代わりに機能したのです。

小さい火種は、1年で訴訟になった

時系列を追うと、火種が大きくなる速さが分かります。

  1. 2026年6月:技術部門トップが約6,000人へのメモで「使うこと自体が目的になってはいけない。使用量は成果の物差しではない」と明言
  2. 7月:5月に解雇された社員約20数名が、AIラベルを理由にした解雇は差別禁止法に反すると提訴(報道による)
  3. 9月2日:評価基準を正式に変更

トップが「使用量は物差しではない」と言ってから、基準が変わるまで3か月かかりました。その間に訴訟が起きています。社員満足度が74%から55%に落ちたという現場の声も、すでに出ていました。その声を、経営のコミュニケーション方法にフィードバックするルートがあったのか。ここが分かれ目だったと考えられます。

数字を作った瞬間に「何のための数字か」「評価には使わない」を同時に言う必要があります。言わなければ、数字が勝手に評価になる。そして一度評価に絡んだ数字は、間違いだと分かっても止めるのに時間がかかります。

日本の会社では、もっと静かに壊れる

ここからは読者の会社の話です。Metaのようにランキングや訴訟にはならなくても、日本の会社では同じことが、もっと静かに起きます。

たとえば、部門ごとのAI利用率を経営会議に出したとします。すると、使う機会が少ない仕事、つまり現場の仕事、製造の仕事、人と向き合う仕事が、仕事の中身とは関係なく下位に並びます。

評価項目に「AI活用」を入れたとします。すると、休職中の人、時短勤務の人、育休から戻ったばかりの人等、そもそも使う機会が少ないので不利になります。人的資本経営で守るはずの人が、評価で沈むことになります。

そして「AIを使いました」という報告だけが増えていきます。品質が上がったのか、時間が減ったのか、やり直しが減ったのかは、誰も測っていないままです。

利用率を評価に使ったときに起きる、3つの困りごと

  • 使う必要のない仕事で、AIを使う人が増える
  • 使えない事情のある人が、一律に不利になる
  • 「使った」報告だけが増えて、成果は分からないまま

EYは「AIで何を生んだか」にお金を付けた

では、何を評価すればいいのでしょうか。一つの答えを出した会社があります。

2026年8月31日、EY米国法人は、社員への報奨に1億ドル(約150億円)を投じると発表しました。評価するのは、事業を見る目(business acumen)、判断力(judgment)、変化への対応力(adaptability)の3つです。

表彰の枠は3つに分かれています。

  • 日々の小さなリーダーシップ:学ぶ・試す・協力するといった、その場での行動
  • 測れる成果を生んだ変革:技術や新しいやり方で、目に見える変化を起こした人
  • 会社全体を変えるような影響:長く残る大きな影響を生んだ個人やチーム

大事なのは位置づけです。EYの発表文は、この報奨を「AIなどの技術を使うことへの報奨に加えて」と説明しています。使うこと自体を否定しているわけではありません。使った先の成果と判断に、お金を結びつけたのです。

MetaとEYの評価の考え方の比較表
Meta(使った量で評価)とEY(成果と判断で報奨)の比較(筆者作成・出典:EY公式発表、各種報道)

※画像はクリックで拡大できます

ただし、判断力をどう測るかは書かれていない

ここで一つ注意が必要です。「判断力」をそのまま評価項目に置くと、今度は上司の好みが強く出ます。何をもって判断力が高いと言うのか、行動の例まで具体化しないと、評価の道具としては使えません。

EYの発表文にも、測り方は書かれていません。「測りにくい能力を評価に置く」ことは、一定の難しさを伴います。誰もが納得する判断力を測る指標を設定する必要があります。

利用率の役目は、段階で変わる

ここまで読むと、「利用率は見ない方がいい」と思われるかもしれません。そうではありません。利用率には役目があります。ただし、その役目は会社の段階によって変わります。

導入したばかりの段階:なぜ使われないかを見つける

AIを入れたばかりの段階では、部門ごとの利用率は役に立ちます。使われていない部門があれば、理由を探せます。ライセンスが足りないのか、仕事に合わないのか、上司が止めているのか。ここでの利用率は、問題を見つける道具です。ただし、この段階でも個人の評価には使いません。

広げる段階:どの仕事で使われているかを見る

ある程度広まったら、見方を変えます。「誰が使っているか」ではなく「どの仕事で使われているか」です。議事録づくりは9割の人が使っているが、契約書のチェックは2割しか使っていない、といった見方です。どこで価値が出ているかが分かります。価値が出ている仕事のやり方が見つかったら、それを他の部門にも広げる。うまくいったやり方を広げるのが、この段階の利用率の使い道です。

定着した段階:利用率は主役から降りる

AIが当たり前になった段階では、主役は成果の物差しに変わります。減った作業時間、間違いの率、やり直しの回数、1件あたりのAIのコスト。利用率は「想定と違うところを見つける」役目に降りて、たとえば次のようなことを見つけるために使います。

  • 使うことになっている仕事で、使われていない(ルール違反の兆し)
  • 会社のツールの利用率は低いのに、成果物にAIの痕跡がある(未承認ツールの利用)
  • 使わなくていい仕事で使われている(水増しの検知)

導入段階ごとの利用率の役目の一覧表
導入段階ごとの利用率の役目(筆者作成)

※画像はクリックで拡大できます

つまり、利用率が悪いのではありません。どの段階でも、利用率を個人の評価に使うことが間違いなのです。

【セルフチェック】評価の物差しを作る前の7項目

この記事の考え方を、自社の制度に当てはめてみるためのチェックリストです。正解を出すためのものではなく、評価項目に「AI活用」を入れる前に立ち止まるためのもの。気になった項目だけ拾ってもかまいません。各項目に、考えるときの手がかりを一言ずつ添えました。

  • 利用率を、個人の評価・賞与・配置に結びつけていないか直接の評価項目でなくても、目標設定シートや1on1の話題に入っていれば、現場では評価と受け取られます。
  • 成果の物差し(時間・品質・やり直し)を、利用率とは別に持っているか利用率しか数字がないなら、利用率が評価になるのは時間の問題です。まず一つの部門で成果の数字を取り始める。
  • 使う機会が少ない仕事や働き方の人が、不利になっていないか現場・製造・対人の仕事、休職・時短・育休明けの人。人的資本経営で守るはずの人が、数字で沈んでいないか。
  • 利用率の数字を「何のために見るか」を決めているか「使われない理由を見つけるため」なのか「定着を確認するため」なのか。目的が言えない数字は、評価に流れます。
  • 数字を見せる相手に「評価には使わない」を同時に伝えているかMetaが3か月と訴訟を費やしてたどり着いた一文です。言わなければ、数字は勝手に評価になります。
  • 現場がどう受け取っているかを、経営に戻す経路があるか満足度調査・1on1・社内アンケート。Metaでは74%→55%という声が出ていたのに、伝え方が変わるまで3か月かかりました。
  • 定着したら、利用率を主役から降ろす時期を決めているか導入期の道具を、定着後も使い続けると水増しが始まります。「いつ降ろすか」を最初に決めておく。

今日できること

大がかりな制度改定の前に、今日できることが3つあります。

  1. 自社のAI利用率の数字が「誰に」「何のために」見せられているかを確認する
  2. 利用率が評価・賞与・配置に結びついていないか、人事制度の文書を確認する
  3. AI利用率は評価には使わないと文書や口頭で明言する

3つ目が一番重要です。Metaが3か月と訴訟を費やしてたどり着いたのは、このことではないでしょうか。言わなければ、数字は勝手に評価に結びつくという事例だったと思います。

筆者コメント

この話はエンゲージメントスコアの話とまったく同じ構造です。数字を「上げにいく」対象にした瞬間、数字は実態を映さなくなります。AI利用率は、その最新の例に過ぎません。数字を出す場合は、様々な立場や自社の段階を念頭に、適切なコミュニケーションを適切なタイミングで取り続けていくことが大切だとあらためて思いました。

 

用語メモ

本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。

▶ トークン

AIが文章を読み書きするときの単位。おおよそ「文字のかたまり」で、長い文章をやり取りするほどトークン数が増える。AIの利用料金もトークン数で計算されることが多い。

▶ tokenmaxxing(トークンマキシング)

AIの使用量(トークン数)をわざと増やして、「AIをよく使っている人」に見せる行動。Metaの社内で使用量が可視化された2026年春ごろから、この呼び名が広まったと報じられている。

▶ AIエージェント

指示を受けると、自分で調べたり、ファイルを操作したり、複数の手順を順番に実行したりして作業を進めるAI。質問に答えるだけのチャット型AIと違い、実際の処理を行う権限を持つ。

▶ AI-driven impact

Metaが社内で使った言葉。「AIを使って出した成果」の意味で、2026年の評価における中心的な期待として社員に伝えられたと報じられている。

▶ グッドハートの法則

「数字が目標になると、その数字は良い物差しではなくなる」という考え方。英国の経済学者チャールズ・グッドハートの名前から。人は測られている数字を上げようとするため、数字が本来表していた実態から離れていく。

 

 

※本記事のMetaに関する記述は、Reuters・WIRED・Fortune等の報道にもとづくものです。Metaは一部の数字や主張についてコメントを控える、または否定しています。各社の制度は執筆時点の公開情報によるもので、その後変わっている可能性があります。自社の評価制度の設計については、社内の人事部門や専門家にご相談ください。

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