2026年4月3日、金融庁と東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コード(CGコード)の改訂案を公表しました。改訂は2021年以来、5年ぶりです。
コンプライ・オア・エクスプレインの対象は現行の83項目から34項目へ。企業が注力すべきポイントを明確にした改訂ですが、筆者が注目したのは数の変化よりも中身の変化です。
人的資本投資が取締役会の検証事項に組み込まれ、サステナビリティが取締役会の独立した責務として位置づけられました。多様性についても、取締役会と社内の2つのレイヤーで引き続き問われています。
本記事では、改訂案の一次情報をもとに、CGコードがどう再整理されたのか、そして企業が何に備えるべきかを整理します。
Contents
何が起きたか ― CGコード5年ぶりの改訂案が大筋了承
2026年4月3日、金融庁の「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」第3回会合で、改訂案が大筋了承されました。2015年の策定、2018年・2021年の改訂に続く、3回目の改訂です。
今後のスケジュールは以下の通りです。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2026年4月10日 | パブリックコメント開始(意見提出は5月15日まで) |
| 2026年夏 | CGコード正式改訂 |
| 2027年7月まで | 改訂コードに対応したCG報告書の提出期限 |
CGコードはどう再整理されたのか
CGコードと「コンプライ・オア・エクスプレイン」
コーポレートガバナンス・コードは、上場企業が守るべき企業統治の原則をまとめたものです。法律ではありませんが、各原則に対して「実施するか、実施しない場合はその理由を説明する」という仕組みが設けられています。これをコンプライ・オア・エクスプレインと呼びます。実施しない原則があること自体は否定されませんが、その場合は自社の状況を踏まえた具体的な説明が求められます。
CGコード・CG報告書・有価証券報告書の関係
改訂案の中身に入る前に、混同しやすい3つの概念も整理しておきます。
| CGコード | CG報告書 | 有価証券報告書(有報) | |
|---|---|---|---|
| 何か | 上場企業の企業統治の原則 | CGコードへの対応状況を記載する書類 | 金商法に基づく法定開示書類 |
| 策定者 | 金融庁・東証 | 各企業が作成、東証に提出 | 各企業が作成、金融庁(EDINET)に提出 |
| 今回の改訂との関係 | 原則の内容が改訂される | 改訂後の原則への対応を2027年7月までに記載・提出 | 総会前提出がCGコードの原則に明記された |
本記事で主に扱うのはCGコードの原則の中身がどう変わったかです。CG報告書と有報への影響は後半で整理します。
原則にフォーカスを絞り、企業が注力すべき点を明確にした
今回の改訂案の最大の特徴は、企業が注力すべきポイントを明確にするために、コード全体を再整理したことです。

| 現行(2021年版) | 改訂案(2026年) | |
|---|---|---|
| 基本原則 | 5項目 | 4項目(旧第5章「株主との対話」を第1章に統合) |
| 原則 | 31項目 | 30項目 |
| 補充原則 | 47項目 | ―(廃止) |
| 解釈指針 | ―(なし) | 新設(各原則の背景・趣旨・ベストプラクティスを示す) |
| コンプライ・オア・エクスプレイン対象 | 全83項目(基本原則+原則+補充原則) | 基本原則4+原則30の計34項目(解釈指針は対象外) |
コンプライ・オア・エクスプレインの対象が83項目から34項目に絞り込まれました。これは単なる「削減」ではなく、企業が形式的にチェックリストを埋めるのではなく、本質的な項目に集中して自社の言葉で語ることを促す再整理です。
解釈指針とは何か ― 原則とどう関係するのか
改訂案で新たに設けられた「解釈指針」は、各原則の背景にある考え方、趣旨、ベストプラクティスを示すものです。コンプライ・オア・エクスプレインの対象外ですが、原則と一体のものとして参照することが期待されています。
旧・補充原則の多くは、この解釈指針に移管されました。たとえば、スキル・マトリックスの開示(旧・補充原則4-11①)は、改訂案では解釈指針に位置づけられています。
一方で、旧・補充原則の中でガバナンスの中核をなすものは、原則本文に統合されました。たとえば、社内の中核人材の多様性確保(旧・補充原則2-4①)は、改訂案では原則2-2の本文に組み込まれています。
金融庁は改訂案の序文で、解釈指針に移管された項目について「重要性が失われたと考えることは適切ではない」と明記しています。また、「『ひな型』的な表現により表層的な説明に終始することはコンプライ・オア・エクスプレインの趣旨に反する」としており、原則に対しては自社の状況を踏まえた具体的な説明が求められます。
筆者が注目した3つのポイント
【ポイント1】人的資本投資が取締役会の「検証事項」になった
改訂案の原則4-1では、取締役会の役割・責務として、成長の道筋を構築し、経営資源の配分について具体的に何を実行するのかを説明すべきとされました。成長投資の例として、設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資が明記されています。
さらに原則4-2では、自社の経営資源の配分が経営戦略や経営計画に照らして適切かどうかについて、不断に検証を行うべきとされています。
2026年3月に改訂された人的資本可視化指針では、人的資本を単なる開示項目ではなく、経営戦略と紐づけてストーリーとして語ることが求められました。今回のCGコード改訂案は、その延長線上にあります。経営者が語ったストーリーに基づく投資配分を、取締役会が検証・監督する。可視化指針とCGコードが連動することで、人的資本は「開示の論点」から「経営判断と監督の論点」へと明確にフェーズが変わりました。
【ポイント2】サステナビリティが取締役会の独立した「責務」になった
現行では、サステナビリティに関する規定が複数の章にまたがって記載されていました。第2章(ステークホルダーとの協働)ではサステナビリティを巡る課題への対応、第3章(適切な情報開示と透明性の確保)では取り組みの適切な開示、第4章(取締役会等の責務)では補充原則4-2②で基本的な方針の策定が求められていました。
改訂案では、これらが原則4-5として第4章「取締役会等の責務」に集約されました。取締役会が中長期的な企業価値の向上の観点からサステナビリティを巡る課題に積極的・能動的に取り組むべきであり、基本的な方針を策定すべきとされています。
つまり、複数の章に散在していたサステナビリティの規定が、「取締役会の責務」として一つの原則に統合されたということです。
【ポイント3】多様性 ― もともと求められていたものと、今回加わった要素
多様性に関しては、取締役会の構成と社内の中核人材という2つのレイヤーがあります。いずれも現行CGコードで既に求められていますが、改訂案ではそれぞれに新たな要素が加わりました。
取締役会の構成としての多様性
もともと求められていたもの:現行の原則4-11で、取締役会はジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む多様性と適正規模を両立させるべきとされていました。また、補充原則4-11①では、経営戦略に照らして必要なスキル等を特定し、選任に関する方針・手続と併せて開示することが求められていました。
今回加わった要素:改訂案の原則4-13では、多様性の観点に新たに「文化的背景」が加わりました。また、旧・補充原則4-11①のスキル特定・選任方針の開示が原則本文に統合され、コンプライ・オア・エクスプレインとしての説明の重みが増しています(スキル・マトリックスなど具体的な開示方法は解釈指針に記載)。
さらに、原則4-10では独立社外取締役について「過半数の独立社外取締役を選任することが必要と考えるプライム市場上場会社は、十分な人数の独立社外取締役を選任すべきである」と明記されています。
社内の中核人材の多様性
もともと求められていたもの:現行の補充原則2-4①で、女性・外国人・中途採用者の管理職登用について、測定可能な目標の設定と開示が求められていました。
今回加わった要素:改訂案では、この内容が原則2-2の本文に統合されました。例示も「ジェンダー・国際性・経歴(中途採用を含む)・年齢・文化的背景」に拡張されています。補充原則の内容が原則に組み込まれたことで、こちらもコンプライ・オア・エクスプレインとしての説明の重みが増しています。
ここで大切なのは、取締役会の構成の話(原則4-13)と、社内の中核人材の育成・登用の話(原則2-2)は、別々の原則として整理されているということです。単に「女性の社外取締役を増やせばいい」という話ではなく、それぞれに必要な施策が異なります。この論点については、今後の記事で詳しく整理します。
CG報告書と有価証券報告書 ― 企業が備えるべき2つの対応
CG報告書 ― 改訂コードへの対応を2027年7月までに
CG報告書(コーポレート・ガバナンスに関する報告書)は、CGコードの各原則に対して「コンプライ(実施している)」か「エクスプレイン(実施しない理由)」を記載し、東証に提出する書類です。
改訂後のCG報告書は2027年7月までに提出することが求められる見込みです。つまり、ここまで整理してきた原則4-1(人的資本投資の説明)、原則4-2(経営資源配分の検証)、原則4-5(サステナビリティ)、原則4-13(取締役会の多様性)、原則2-2(社内の多様性)などに対して、自社の対応状況をCG報告書に記載する必要があります。
有価証券報告書 ― 総会前提出が原則に、3週間前は解釈指針に
有価証券報告書(有報)は、金融商品取引法に基づく法定の開示書類であり、CG報告書とは別の書類です。
今回の改訂案では、有報に関して2つのレベルで記載されています。
- 原則1-2(コンプライ・オア・エクスプレインの対象):有報を株主総会開催日前に提出することが明記された
- 解釈指針(コンプライ・オア・エクスプレインの対象外):「株主総会開催日の3週間以上前に提出されることが最も望ましい」とされた
つまり、「総会前に提出する」ことはコンプライ・オア・エクスプレインの対象であり、実施しない場合はCG報告書でその理由を説明する必要があります。一方、「3週間以上前」は解釈指針の中で示された望ましい水準であり、コンプライ・オア・エクスプレインの対象ではありません。
なお、有報の総会前提出はあくまでCGコードの原則であり、法律で義務化されたものではないという点も押さえておく必要があります。
現状はどうなっているか
金融庁の有価証券報告書レビュー(2025年3月期決算)によれば、総会前に有報を提出した企業は全体の54%、プライム市場に限ると70%に上ります。2025年3月の金融担当大臣からの要請が大きく効いた形です。来年度(2026年3月期)にはプライム市場の90%程度が総会前開示を行う見込みです。
しかし、日経新聞の報道によれば、総会前提出した企業のうち約6割が「総会の1日前」の提出にとどまっています。「総会前に出してはいるが、投資家が十分な時間をかけて読める状態にはなっていない」のが実態です。参考までに、米国ダウ平均構成30社は全社が総会の40日以上前に年次報告書を提出しており、平均では90日前です。
できない理由 ― 企業の声
同レビューで、総会前開示を「当面実施する予定はない」と回答した企業の理由は以下の通りです。
| 理由 | 割合 |
|---|---|
| 監査法人との調整が困難 | 27% |
| 社内リソース不足・社内体制未整備 | 21% |
| 社内調整が困難(スケジュール短縮・取締役会日程) | 21% |
| 検討中・未定 | 19% |
| 数日前の開示にメリットを感じない・投資家要請がない | 6% |
実現した企業の工夫
一方、総会前開示を実現した企業の対応事例として、金融庁のレビューでは以下のような工夫が報告されています。
- 経営トップの意思決定が起点 ― 社長や社外取締役等の経営陣からの指示で始まるケースが多い。複数部署にまたがる業務プロセスの変更は、現場主導では実現困難
- 定性情報を期中に固める ― 戦略やサステナビリティ目標等の定性的な情報は決算前に概ね完成させ、4月には定量データを入力するだけの状態にしておく
- 外部リソースの活用 ― ディスクロージャー支援会社のシステム活用や、一部業務のアウトソーシング
金融庁自身も「現行法制下で一般化している実務運用からすると3週間以上前の開示は必ずしも容易ではない」との認識を示しており、有報と事業報告等の一本化など法制面の検討も並行して進めるとしています。
実務への翻訳 ― 今から準備できること
正式な改訂は2026年夏、CG報告書の提出期限は2027年7月です。今のうちから以下の点を確認しておくと、対応がスムーズになります。
CG報告書に向けた準備
-
自社のCG報告書を改訂案の基本原則・原則(計34項目)と突き合わせる→ 現行のCG報告書と改訂案を対照し、新たに対応が必要な項目を洗い出す
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取締役会の多様性を棚卸しする(原則4-13)→ ジェンダー・経歴・年齢・国際性・文化的背景の現状を整理。コンプライかエクスプレインかを検討
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人的資本投資の検証プロセスを設計する(原則4-1、4-2)→ 成長投資(人的資本・知的財産等)の配分について、取締役会で議論・検証する仕組みを作る
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サステナビリティの基本方針を取締役会で策定する(原則4-5)→ CSR部門任せではなく、取締役会の責務として位置づけを明確にする
-
社内の多様性に関する目標を再確認する(原則2-2)→ 中核人材への登用における多様性の考え方と測定可能な目標が、原則として求められるようになった点を確認
有価証券報告書の総会前提出に向けた準備
-
有報の作成タイムラインを逆算する(原則1-2)→ 人的資本データの集計 → 原稿作成 → レビューの各工程を逆算し、前倒しの余地を確認する
-
定性情報を期中に固める運用に切り替える→ 戦略・サステナビリティ目標等は決算前に完成させ、決算後は定量データの入力に集中できる体制に
-
総会前提出を実施しない場合のエクスプレインを準備する→ 原則1-2(総会前提出)はコンプライ・オア・エクスプレインの対象。実施しない場合はCG報告書での説明が必要
筆者の所感
2026年3月に改訂された人的資本可視化指針では、人的資本を単なる開示項目ではなく、経営戦略と紐づけてストーリーとして語ることが求められました。今回のCGコード改訂案では、そのストーリーに基づく投資配分を取締役会が検証・監督する責務が明確にされています。
可視化指針で「経営者が語る」、CGコードで「取締役会が監督する」。この2つが連動することで、人的資本経営は「開示の話」から「経営判断と監督の仕組み」へと明確にフェーズが変わったと感じています。
多様性についても、取締役会の構成の話(原則4-13)と、社内の中核人材の育成・登用の話(原則2-2)は、明確に切り分けて考える必要があります。社内のパイプラインが育たなければ、社外取締役で数を合わせる構造から抜け出せません。しかし、単に「女性を増やせばいい」という話でもありません。社外取締役に求められるものと、社内の育成で解決すべきものは本質的に異なります。ガバナンスの側から人的資本経営の実質化を促す仕組みづくりが、今後の重要な論点になると考えています。この点については、今後の記事で詳しく掘り下げます。
人的資本可視化指針の改訂ポイントについては、以下の記事で整理しています。あわせてご覧ください。
なお、改訂案に対するパブリックコメントは2026年4月10日に開始されており、意見提出の期限は2026年5月15日(金)必着です。一次情報を確認し、意見を出すこともガバナンスへの参加の一つです。
用語メモ
本記事に登場する専門用語をまとめました。▶ をクリックすると説明が表示されます。
コーポレートガバナンス・コード(CGコード)
CG報告書(コーポレート・ガバナンスに関する報告書)
コンプライ・オア・エクスプレイン
解釈指針
有価証券報告書(有報)
スキル・マトリックス
出典・参考情報
※本記事は2026年4月11日時点の情報に基づいています。改訂案は今後パブリックコメントを経て正式に確定するため、最終的な内容は変更される可能性があります。具体的な対応については、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。