労務リスクと制度運用

遺族厚生年金 2028年改正を読み解く【前編】現行制度を正しく知る ― 遺族厚生年金、今どうなっているか

最近、こんなニュースを聞いたことはありませんか?

「遺族年金が5年で打ち切りになる」

 

2025年6月に年金制度改革法が成立し、SNSでは「改悪だ」「専業主婦は生きていけない」という声が広がりました。

 

一体どんな改正なのでしょうか?

 

実は、この改正の本当の意味は、長年放置されてきた「男性への不公平」をようやく是正したというものです。

女性の一部にはマイナスの影響もありますが、それは補填付きです。

正確に理解するために、まずは現行制度をきちんと整理した上で、2028年の改正の内容を確認していきましょう。

 

本記事は2本シリーズの前編となります。
本記事は2本シリーズの前編となります。

 

 

「まさか」は、数字で見ると「まさか」ではない

遺族年金の話をする前に、まず一つのデータを見てください。

 

年齢別 死亡率の男女比較(30〜65歳)折れ線グラフ
年齢別 死亡率の男女比較(筆者作成・出典:厚生労働省「令和6年簡易生命表」)

 

厚生労働省「簡易生命表(令和6年)」によると、40歳男性の死亡率は0.097%、同年代の女性は0.057%。50歳では男性0.238%、女性0.141%です。

つまり、40〜50代では、男性の死亡率は同年代の女性の約1.7倍です。

 

「うちの夫に限って」とは思っていても、統計は静かにそれを否定しています。

そして夫が亡くなったとき、残された妻は何をどれだけ受け取れるのか——多くの人が、その答えを知らないまま生活設計をしています。

もちろん、そういった事態はないに越したことはありませんが、「備えあれば憂いなし」。

もしもの事態の時、一体どの程度の補償があるのか、本記事を読んで参考にしてください。

 

まず全体像を把握する——遺族年金は「2階建て」

日本の公的年金は「2階建て構造」になっています。遺族年金も同じ構造です。

 

遺族年金の2階建て構造 1階:遺族基礎年金 2階:遺族厚生年金
遺族年金の「2階建て構造」(筆者作成)

 

1階:遺族基礎年金(国民年金から支給)

すべての国民が加入する国民年金から支給されます(国民年金法第37条)。

 

受け取れるのは、「18歳年度末までの子がいる配偶者」または「子本人」に限られます。

つまり、子どもがいない場合は遺族基礎年金は受け取れません。

 

2026年度の支給額:

基本額:年額 847,300円(月額70,608円)
子の加算(1・2人目):各 243,800円
子の加算(3人目以降):各 81,300円

 

たとえば子ども2人なら、年額847,300円+243,800円×2=1,334,900円(月額約11.1万円)です。

 

2階:遺族厚生年金(厚生年金から支給)

会社員や公務員など、厚生年金に加入していた人が亡くなった場合に支給されます(厚生年金保険法第58条)。

 

1階の遺族基礎年金に上乗せされるため、会社員の遺族は、自営業者より手厚い保障を受けられます。

 

支給額は「亡くなった方の報酬比例部分×4分の3」で計算されます。

報酬比例部分とは、現役時代の収入と加入期間をもとに計算される部分です。収入が高く・加入期間が長いほど、遺族が受け取れる額も大きくなります。

 

遺族厚生年金(2階部分)を受給するための主な要件

亡くなった方が次のいずれかを満たす必要があります:

  • 短期要件①:厚生年金の被保険者である間に死亡したとき
  • 短期要件②:厚生年金の被保険者期間中に初診日がある病気・けがで、初診日から5年以内に死亡したとき
  • 短期要件③:1級・2級の障害厚生年金を受けていた方が死亡したとき
  • 長期要件保険料納付済期間と保険料免除期間を合算した期間が25年以上ある老齢厚生年金の受給権者が死亡したとき

①から③の短期要件に該当する場合は、加入期間が300月(25年)未満でも300月とみなして計算します。若くして亡くなった場合でも、一定の給付額が確保されている非常に手厚い制度となっています。

 

また、受給できる遺族の範囲にも要件があります。亡くなった方に生計を維持されていた配偶者・子・父母・孫・祖父母が対象で、年収850万円未満(所得655.5万円未満)という生計維持要件を満たす必要があります。

 

 

現行制度の「3つの不公平」——専業主婦モデルが生んだ歪み

遺族厚生年金には、長年指摘されてきた男女差があります。

 

この制度が設計された1985年(昭和60年)当時、日本は「夫が外で働き、妻が家庭を守る」という専業主婦世帯が多数派でした。

「夫を亡くした妻は働けないかもしれない→手厚く守ろう」「妻を亡くした夫は自分で稼げる→特別な保護は不要」という発想で設計されました。

 

その結果、制度に3つの不公平が生まれました。

 

不公平①:夫55歳未満は、妻を亡くしても受給不可

亡くなった方と配偶者の状況によって、年金の受給条件は以下のように変わります。

 

亡くなった方 残された配偶者の状況 現行制度の受給
妻・子あり 終身受給 ※1
妻・子なし・30歳以上 終身受給 ※1
妻・子なし・30歳未満 5年間のみ
夫・55歳以上 60歳から終身受給 ※1、※2
夫・55歳未満 受給不可

※1)再婚、直系血族・直系姻族以外の養子縁組、死亡などの場合には年金は打ち切られます。
※2)遺族基礎年金(1階部分)をもらっている場合、つまり子がいる場合は60歳まで待たずに支給されます。

 

この表で注目してほしいのは、妻が亡くなった場合の夫の年齢です。

妻が亡くなって夫が残された場合、夫が55歳未満だと一円も受け取れません。

共働きで妻が高収入だった家庭でも、妻が突然亡くなれば夫は55歳未満の場合まったく受給できないのです。

また、55歳以上だったとしても、受給は60歳になってからです。
夫が亡くなった妻はすぐに受給を開始できるのに、夫の場合は最大5年も待たなくてはなりません。

これが今回の改正で是正される男女の不公平その①です。

 

不公平②:中高齢寡婦加算は「妻だけ」

遺族厚生年金には、一定の条件を満たす妻にのみ上乗せされる加算があります(厚生年金保険法第62条)。

対象となるのは次のいずれかに該当する妻です:

  • 夫が亡くなったとき、40歳以上65歳未満で子がいない妻
  • 子が18歳年度末を超えた時点で、40歳以上65歳未満の妻

中高齢寡婦加算:年額 635,500円(月額約5.3万円)/2026年度
支給期間:妻が40歳〜65歳になるまでの間

 

子がいる妻のケースで考えると、以下のような受給の流れとなります:

子が18歳年度末まで → 遺族基礎年金(子への加算含む) が支給される
子が18歳年度末を超えた後 → 遺族基礎年金が終了し、妻が40歳以上なら 中高齢寡婦加算 が発動する
妻が65歳以降 → 自分の老齢基礎年金が始まるため、加算は終了する

 

つまり中高齢寡婦加算は、遺族基礎年金が終わった後から老齢基礎年金が始まるまでのつなぎという位置づけです。

 

一方、妻を亡くした夫には、この加算はありません。

中高齢寡婦加算は「寡婦(夫を亡くした女性)」のための制度であり、男性には適用されません。
これも専業主婦モデルを前提とした設計の名残であり、現行モデルの不公平その②です。

 

中高齢寡婦加算も、2028年改正で25年かけて段階的に廃止される予定です。詳細は後編で解説します。

 

不公平③:寡婦年金も「妻だけ」(自営業者家庭限定)

国民年金の第1号被保険者(自営業者など)の夫が亡くなった場合に、妻が60〜65歳の間に支給される年金があります(国民年金法第49条)。

自営業者には遺族厚生年金がない代わりに設けられた「補完制度」のような位置づけです。

受給要件:夫の国民年金第1号被保険者期間の保険料納付済期間が10年以上、かつ婚姻関係が10年以上
支給額:夫の第1号被保険者期間の老齢基礎年金額の4分の3
支給期間:妻が60歳〜65歳の間のみ

 

こちらも、妻を亡くした夫には適用されません。

中高齢寡婦加算も寡婦年金も、どちらも「妻にしかつかない」制度です。
「妻は保護が必要、夫は自力で稼げる」という発想が、制度設計に一貫して反映されています。

 

制度と現実のズレ——共働き時代に「専業主婦前提」の設計は通用するか

現行制度の不公平さは、設計当時の社会モデルをそのまま引き継いだことが原因です。

 

専業主婦世帯と共働き世帯の推移(1980〜2024年)
専業主婦世帯と共働き世帯の推移(筆者作成・出典:総務省「労働力調査」、JILPT「早わかり グラフでみる長期労働統計 図12」)

 

総務省「労働力調査」によれば、共働き世帯数は1990年代以降一貫して増加し、1997年に専業主婦世帯を逆転しました。2024年には共働き世帯1,300万世帯に対し、専業主婦世帯は508万世帯と約2.6倍の差がついています。

昭和の家族モデルは、もはや一般的ではありません。

 

「妻を亡くした夫も、経済的に困窮する可能性がある。年齢や性別で差をつける合理的な理由はもうない」——この認識が、2028年改正の出発点です。

 

 

現行制度の受給額——モデルケースで確認する

同じ共働き家庭で、「夫が亡くなった場合」と「妻が亡くなった場合」を比べてみましょう。

 

夫:40歳・会社員・年収600万円・厚生年金加入18年(22歳から)
妻:38歳・会社員・年収360万円・厚生年金加入16年(22歳から)
子ども:2人(10歳・7歳)
いずれも在職中に急死したケースを想定

 

ケースA:夫が急死した場合

遺族厚生年金(概算):

  • 平均標準報酬額 約50万円(年収600万÷12)
  • 加入月数216月→在職中死亡(短期要件)のため300月とみなして計算
  • 報酬比例部分:50万×5.481÷1,000×300≒約82万円
  • 遺族厚生年金:82万×3/4≒約62万円/年

 

遺族基礎年金:847,300円+243,800円×2=約133万円/年

 

時期 受け取れるもの 年額目安 月額換算
子が18歳年度末まで(約8年) 遺族厚生年金+遺族基礎年金 約195万円 月約16万円
子が巣立った後〜妻65歳まで 遺族厚生年金+中高齢寡婦加算 約126万円 月約10.5万円
妻65歳以降 遺族厚生年金+妻自身の老齢基礎年金 遺族厚生年金+α(個人差あり)

 

妻は、子どもがいる間は月16万円、子が巣立った後も月10.5万円前後の支えが終身で続きます。

 

ケースB:妻が急死した場合

妻の遺族厚生年金(概算):

  • 平均標準報酬額 約30万円(年収360万÷12)
  • 加入月数192月→在職中死亡(短期要件)のため300月とみなして計算
  • 報酬比例部分:30万×5.481÷1,000×300≒約49万円
  • 遺族厚生年金:49万×3/4≒約37万円/年

 

ただし、夫が55歳未満のため、夫に遺族厚生年金の受給権は発生しません。遺族厚生年金は子に支給されます。

遺族基礎年金:847,300円+243,800円×2=約133万円/年(夫に支給)

 

時期 受け取れるもの 年額目安 月額換算
子が18歳年度末まで(約8年) 遺族基礎年金(夫に支給)+遺族厚生年金(子に支給) 約170万円 月約14万円
子が巣立った後 すべて終了——以後、遺族年金は一切なし 0円 0円

 

55歳未満の夫には遺族厚生年金の受給権自体が発生しないため、その後55歳を過ぎても、60歳を過ぎても、遺族厚生年金を受け取ることはできません。

子どもがいる間は世帯として月14万円程度の支えがありますが、子が巣立った瞬間にすべてがゼロになります。

 

ケースA・Bの比較まとめ

ケースA:夫が急死
(残された妻38歳)
ケースB:妻が急死
(残された夫40歳)
子がいる間 月約16万円 月約14万円
子が巣立った後 月約10.5万円(終身) 0円(永久に受給不可)
つなぎの加算 中高齢寡婦加算あり
(年約63.5万円、月約5.3万円)
なし
受給期間 終身 子がいる間のみ

 

同じ共働き家庭なのに、「誰が亡くなったか」で受給額がここまで変わるのが現行制度です。

子どもがいる間はどちらも遺族基礎年金を受け取れますが、子が巣立った後の格差は歴然です。ただしこれはあくまで概算です。正確な金額は年金事務所にご確認ください。

この不公平を是正するのが、2028年の改正です。後編で詳しく解説します。

人事担当の方へ ー もしもの時にできること

社員が急死した場合、遺族から「年金はどうなりますか?」という問い合わせが来ることがあります。

会社が手続きを代行することはできませんが、年金事務所への相談を促すことはできます。

 

人事担当者が確認すべき3点

  • 亡くなった社員の厚生年金加入期間を確認する→ 在職中の死亡は短期要件(300月みなし)が適用されるため、加入期間が短くても受給できるケースが多い
  • 遺族(配偶者)の年齢と子どもの有無を確認する→ この2点で受給できる給付の種類がほぼ決まる
  • 遺族を最寄りの年金事務所に案内する→ 請求期限は死亡日の翌日から5年。早めの手続きを促す

 

 

筆者の所感

社労士試験の勉強で遺族年金を学んだとき、「夫の場合、55歳未満は受給不可」という規定に正直驚きました。

 

共働きが当たり前の今、妻を亡くした夫が一円も受け取れないというのは、明らかに時代遅れです。改正の方向性は理にかなっていると思います。

 

後編では、2028年に何がどう変わるのかを整理します。この不公平をどのように是正したのか、影響を受ける人・受けない人の整理を中心に解説します。

 

用語メモ

をクリックすると説明が表示されます。

遺族基礎年金
国民年金から支給される遺族向けの年金。18歳年度末までの子がいる配偶者、または子本人が受け取れる。子がいない場合は支給されない。根拠:国民年金法第37条。
遺族厚生年金
厚生年金から支給される遺族向けの年金。会社員・公務員など厚生年金加入者が亡くなった場合に、生計を維持していた配偶者・子・父母などが受け取れる。根拠:厚生年金保険法第58条。
報酬比例部分
老齢厚生年金のうち、現役時代の収入と加入期間をもとに計算される部分。老齢厚生年金全体ではなく、この部分だけの4分の3が遺族厚生年金として支給される。収入が高く・加入期間が長いほど額が大きくなる。
短期要件・長期要件
遺族厚生年金の受給要件の区分。短期要件は「在職中の死亡」や「在職中に初診日がある病気で5年以内の死亡」など。長期要件は「保険料納付済期間と保険料免除期間を合算した期間が25年以上ある老齢厚生年金受給権者の死亡」など。短期要件の場合、加入期間が300月未満でも300月とみなして計算する。
中高齢寡婦加算
40歳以上65歳未満の妻に、遺族厚生年金に上乗せして支給される加算。子が18歳年度末を超えた後に発動するケースも含む。2026年度は年額635,500円。妻にのみ支給。2028年改正で段階的に廃止予定。根拠:厚生年金保険法第62条。
寡婦年金
国民年金の第1号被保険者(自営業者など)の夫が亡くなった場合に、60〜65歳の妻に支給される年金。会社員の妻には適用されない。妻にのみ支給。根拠:国民年金法第49条。
生計維持関係
遺族年金の受給要件のひとつ。亡くなった方の収入によって生計を立てていた(または生計の一部を頼っていた)ことを指す。現行では年収850万円未満(所得655.5万円未満)が目安。

 

 

出典・参考情報

厚生年金保険法(第58条・第59条・第62条)

国民年金法(第37条・第37条の2・第49条)

社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律(令和7年法律第52号)

 

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言ではありません。具体的な判断が必要な場合は、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。制度は改正される場合があります。最新情報は厚生労働省・日本年金機構等の公式情報をご確認ください。

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