人的資本・ウェルビーイング経営

有報の株主総会前開示はなぜ求められるのか ― CGコード改訂案の制度理解【前編】

2026年4月10日、金融庁と東京証券取引所は改訂コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の案を公表し、パブリックコメント(意見募集)を開始しました。改訂案では、有価証券報告書(以下、有報)の株主総会前開示が原則1-2に明記され、解釈指針で「3週間以上前が最も望ましい」と示されました。

本記事は、CGコード改訂シリーズ第2本目の前編です。前編では、「3週間以上前」という数字が何を意味するのかを制度の構造から読み解きます。会社法と金商法の二重構造、電子提供制度、そして「一体的開示」「一体開示」「一本化」という似て非なる3つの概念を整理することで、CGコード改訂案が企業に求めていることの本質が見えてきます。

後編では、この制度理解を踏まえて、現場の実務責任者が経営層を動かし、組織として仕組み化していく具体的なアプローチを整理します。

Contents

まず押さえたい ― 日本の企業開示の現状

日本の上場企業の開示制度は、会社法と金融商品取引法(以下、金商法)という2つの法律で別々に規律されています。この二重構造が、総会前開示が進まない根本原因になっています。

会社法と金商法、それぞれが別の書類を求めている

両法の規律の違いを整理すると、以下のとおりです。

法律 主な書類 目的 提出先・開示方法
会社法 事業報告、計算書類、株主総会参考書類 株主総会の議決権行使に必要な情報を株主に提供 株主(電子提供制度下ではウェブ掲載+アクセス通知)
金融商品取引法 有価証券報告書(有報) 投資家・市場全体への情報開示 金融庁(EDINETで電子開示)

つまり、同じ会社が、同じ事実について、2つの書類を別々に作り、別々に監査を受けて、別々に提出しているのが現状です。

有報のほうが記載が詳しい・広い

事業報告と有報は記載項目が一部重なりますが、有報のほうが記載範囲が広く、内容も詳細です。以下のような情報は、有報にしか記載されていない、または有報のほうが詳しく書かれています。

有報にしか記載されていない/有報のほうが詳しい情報(例)
人的資本に関する情報(人材育成方針、社内環境整備方針、女性管理職比率、男性育休取得率、男女間賃金格差)
サステナビリティに関する考え方・取組み(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標の4要素)
コーポレート・ガバナンスの状況(取締役のスキル・マトリックス、独立性判断基準等)
役員報酬の詳細(報酬方針、業績連動の算定根拠等)
従業員の状況(セグメント別従業員数・平均年齢・平均勤続年数・平均年間給与)
KAM(監査上の主要な検討事項):会計監査人が監査で特に重要と判断した論点
・連結キャッシュ・フロー計算書や一部の注記事項

これらはすべて、株主が議決権行使の判断をするうえで役立つ情報です。特に人的資本・サステナビリティ関連は、近年の機関投資家のエンゲージメントで重視される論点です。

ところが、有報は株主総会後に出るのが日本の慣行

2024年3月期までの実態は、株主総会当日または総会後に有報が提出されるのが9割以上。これは世界的に見て極めて異例で、海外では年次報告書が総会前に出るのが標準です。

つまり、株主は有報を見ずに議決権行使している。人的資本・役員報酬・KAMなど、議決権行使の判断に直接影響する情報が、総会時点で手元に届いていない状態が続いてきました。

おさえておきたいポイント

  1. 日本の企業開示は、会社法と金商法の二重構造
  2. 有報のほうが記載が広く、議決権行使に必要な情報が多く含まれる
  3. にもかかわらず、有報は株主総会後に提出するのが慣行

このような背景から、「総会前に有報を出してほしい」という長年の投資家要望が生まれました。改訂CGコード案の原則1-2は、この課題に正面から応えるものです。

前回記事のおさらい ― CGコード改訂案の原則1-2と解釈指針

ここで、CGコード改訂に関する前回の記事をおさらいしておきましょう。前回は改訂案の全体像を整理しました。続く今回はその中でも重要な実務論点となる「総会前開示」を深掘りします。

前回の要点を短くまとめると、以下のとおりです。

  • CGコード改訂案が2026年4月10日にパブコメ開始(〜5月15日)
  • 有報の総会前開示が原則1-2に明記された
  • 原則1-2はコンプライ・オア・エクスプレインの対象
  • 解釈指針で「3週間以上前が最も望ましい」と示された
    (解釈指針はコンプライ・オア・エクスプレインの対象外)
  • 2027年7月までに改訂対応のCG報告書提出が求められる

👇詳細はこちらの記事をご覧ください:
CGコード5年ぶり改訂案 ― 人的資本投資と取締役会の多様性が問われる時代へ

2025年3月期の総会前開示の実績が語ること ― 「仕組みの壁」

議論の土台となる2025年3月期の総会前開示の実績を確認します。金融庁が公表した「2025年3月期に係る総会前開示の状況①」(2025年7月・連絡協議会資料)から、以下の数字が読み取れます。

区分 2025年3月期 前期(2024年3月期)
上場会社全体の総会前開示率 57.7%(1,310社) 1.8%
プライム市場 69.6%
日経225構成銘柄 81.2% 10.5%
1週間以上前に提出した会社 44社のみ 11社

出典:金融庁「2025年3月期に係る総会前開示の状況①」(PDF)。集計は2025年6月末時点。

2024年3月期と比較すると、総会前開示率が大幅に上がっていることがわかります。

ただし、資料をよく確認すると、総会前開示の1,310社の内、1日前 843社、2日前 206社、3日前 95社と、1~3日の前倒しが87.3%を占めており、実質的な早期化には未達というのが実態です。

なぜ「数日前」で止まっているのか

総会前開示を「実施していない」441社のうち、73%が「社内体制が未整備のため」と回答しました(日本監査役協会・第7回適示調査、2025年9月30日)。つまり、問題の本質は「やる気」でも「予算」でもなく、"何をどう進めればいいかの型がない"ことにあります。

本記事での考え方

「社内体制の未整備」は、現場担当者が最も手を入れられる領域です。経営層の意思決定を待つのではなく、実務の現場責任者が仕組みを設計し、経営層に判断材料を提供することで動かす。この視点を、前編では制度や背景の理解、後編では実務アクションのヒントとともに、考えていきます。

「3週間以上前」の意味 ― 電子提供制度・一体開示・一本化を区別する

では、解釈指針に示された「3週間以上前」は、一体どこから来た数字でしょうか。

この数字は、会社法で、株主総会資料のウェブサイト掲載の開始日が「3週間前」とされていることに関連します。

さらに、そこから「一体開示」「一本化」という制度設計の議論が派生しています。まずはこの構造を整理していきましょう。

会社法のタイムライン ― 電子提供措置と招集通知の関係

日本の上場企業の株主総会は、電子提供制度(2022年9月施行)のもとで運営されています。この制度下では、招集通知の実務が以下のように整理されています。

項目 タイミング 根拠条文
電子提供措置
(株主総会資料のウェブサイト掲載)
開始日:株主総会の日の3週間前の日 または 招集通知発送日のいずれか早い日(=電子提供措置開始日)
→ 株主総会の日後3か月を経過する日まで継続して掲載
会社法325条の3第1項
招集通知(アクセス通知)の発送 株主総会の2週間前までに発送 会社法299条1項、325条の4第1項
事業報告・計算書類の提供 招集通知に際して提供(=2週間前までに提供) 会社法437条

なぜ「3週間前」なのか

この「3週間前」という数字は、会社法の立法過程で決められたものです。日本取引所グループの金融商品取引法研究会(京都大学 前田雅弘教授、2020年7月31日)の資料によれば、中間試案段階では2週間前・3週間前・4週間前の3案が併記されており、最終的に3週間前に着地しています。

立法過程で検討された考え方は、以下のようなものです。

  • 紙の招集通知は、印刷・郵送に時間がかかるため、2週間前発送が実務上の限界
  • 一方、電子提供措置はウェブ掲載だけで済むため、印刷・郵送期間分(約1週間)を前倒しできる
  • 株主はより早期に資料を確認でき、議決権行使の検討時間を十分に確保できる

ただし、条文自体に「なぜ3週間なのか」の立法理由が明記されているわけではありません。

有報を「3週間以上前」に出すと何が起きるか ― EDINET特例

ここで重要なのが、EDINET特例は「一体開示」を実現するための法的根拠になっているという点です。

会社法325条の3第3項には、以下のEDINET特例の規定があります。

会社法 325条の3第3項(EDINET特例)

金融商品取引法第二十四条第一項の規定によりその発行する株式について有価証券報告書を内閣総理大臣に提出しなければならない株式会社が、電子提供措置開始日までに第一項各号に掲げる事項を記載した有価証券報告書の提出の手続を開示用電子情報処理組織(EDINET)を使用して行う場合には、当該事項に係る情報については、同項の規定により電子提供措置をとることを要しない

有報を電子提供措置開始日(株主総会の3週間前)までにEDINETに提出すれば、電子提供措置を別途とらなくてもよいという点がポイントです。つまり、有報1本で、会社法の電子提供義務の一部を満たせるという制度設計になっています。これが次に説明する「一体開示」の法的な土台です。

3つの開示方法 ― 一体的開示/一体開示/一本化

総会前開示の議論には、似ているが意味の違う3つの概念があります。金融庁連絡協議会の資料(第3回事務局資料、2025年6月11日)で、以下のように整理されています。

用語 意味 実現の現状
一体的開示 事業報告等と有報の記載事項の一部を共通化する取組み(記載内容の重複を減らす) 経産省FAQ(2021年)等で制度上の整理済み。一定の対応が行われている
一体開示 事業報告等と有報を、1つの書類として作成・開示する(EDINET特例を活用し、両者の要請を同時に満たす1本の書類) 制度上は可能(会社法325条の3第3項、2022年9月施行)。ただし、実務上の事例はまだない
一本化 有報の提出会社は、会社法の事業報告等の提出を省略できるようにする(2つの書類を完全に1つに統合) 未制度化。2025年8月、日本公認会計士協会が法務省に要望書を提出し、法制審議会会社法制部会で議論中

各ステークホルダーの立ち位置

各ステークホルダーの立ち位置は、以下のとおりです。

  • 改訂CGコード(2026年4月案):一体開示を前提に「3週間以上前」を推奨
  • 金融庁連絡協議会(2025年6月第3回):総会3週間以上前の一体開示が望ましいとして実現支援策を検討
  • 日本公認会計士協会(2025年8月要望書):一本化が必要との立場
  • 経団連(2025年5月提言):一本化の方向性を支持
  • 法制審議会会社法制部会:2025年12月〜2026年3月に中間試案を取りまとめ中。一本化に向けた制度整備の議論が進行中

つまり、「3週間以上前」は一体開示を可能にするための数字。そして、その先には一本化への制度改正の議論が続いているという構造です。

一体開示が進まない理由 ― 実務上の課題

EDINET特例により一体開示は制度上可能になっていますが、実務上の事例はまだありません。金融庁連絡協議会の資料では、以下のような論点が整理されています。

一体開示が進まない実務上の論点
監査責任の範囲:一体書類全体を業務監査の対象とするか、有報部分は会計監査人の金商法監査に限定するか
書面交付請求をした株主への対応:電子提供事項全体を記載した書面を交付するのか、一部省略するのか
事業報告固有事項の扱い:社外役員の主な活動状況、関連当事者取引等、事業報告にしかない記載事項との統合方法
決算・監査作業の負荷:3月決算の場合、決算業務と監査に相当の負荷

法制審議会会社法制部会では、これらの論点を含めた会社法改正の方向性が議論されています。ただし、法改正の実現には2〜3年かかる見通しです。

では、改正を待つしかないのでしょうか。結論から言えば、答えはNOです。次章では、現行法の中で自社に合った総会前開示を実現する具体的な道筋を整理します。

自社はどう実現するか ― 4つの方法と実務判断の軸

金融庁は連絡協議会の第3回事務局資料(2025年6月11日)で、総会前開示の実現方法を4つに整理しました。これら4つの方法はいずれも現行法上可能で、どれを選ぶかは各社の任意とされています。

金融庁が示す「4つの実現方法」

方法 期末/基準日 有報提出タイミング 主なメリット 特徴
①現行実務を拡大 期末=基準日 1日以上前に開示 総会での有報参照が可能となり、質疑が効率化 2025年3月期の総会前開示企業の大半がこれ
②有報前倒し 期末=基準日 3週間以上前に開示 一体開示が可能(事業報告と有報の1書類化) 現行の総会日程は維持するため、決算作業スケジュールの前倒しが必要
③総会後倒し 期末≠基準日 3週間以上前に開示 作成・監査時間の確保、株主の議案検討時間の十分な確保 議決権基準日の定款変更が必要。国内に少数の先行事例あり
④決算期前倒し 期末≠基準日 3週間以上前に開示 諸外国に近いスケジュールを実現 決算日の定款変更が必要。最も抜本的な見直し

①は現在の実務、②〜④が「3週間以上前」への本命

ここで押さえたいのは、4つの方法には明確な位置づけの違いがあるという点です。

方法①は、2025年3月期に金融担当大臣要請を受けて急速に広がった方法です。総会前開示を実施した1,310社の大半がこれに該当し、一定の成果が出ている段階です。ただし、①は総会の1〜3日前の開示にとどまります。

一方、CGコード改訂案が推奨する「3週間以上前」の開示と一体開示の実現には、②〜④のいずれかを選択する必要があります。②は決算・監査作業のスケジュールを前倒して従来の総会日程を維持する方法、③は逆に総会日を後ろにずらして余裕を作る方法、④は最も抜本的で、決算日そのものを変える方法です。

金融庁資料からの引用

①〜④いずれも現行法上可能。

①であっても、総会での有報の参照が可能となり質疑が効率化するなど、一定の意義があると考えられるが、投資判断に必要な時間を十分確保するためには、3週間以上前の開示が望ましい(一体開示も可能となる)。

総会3週間以上前の開示を、②〜④のいずれの方法によって実現するかは任意であり、当該会社においてその事情を踏まえ、実務負担の少ない方法を選択できる。

出所:金融庁「有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた環境整備に関する連絡協議会(第3回)」事務局資料(2025年6月11日)

注目される方法③ ― 総会を後ろ倒しにする選択肢

②〜④の3つの選択肢のうち、いま最も注目されているのが方法③(総会後倒し)です。

理由は、決算作業のスケジュールを大きく変えず、かつ定款変更ひとつで実現できる柔軟性にあります。国内にも既に少数の先行事例が出始めており、2026年以降、プライム市場中堅企業を中心に広がることが予想されます。

方法③の実務上のポイント

方法③を検討する際に、実務責任者として押さえておきたいポイントは以下の4点です。

方法③を検討する際の実務ポイント

ポイント1:議決権基準日を、総会の3か月以内に設定する
総会を後ろ倒しにするなら、議決権基準日も後ろにずらす必要があります。会社法124条2項により、議決権基準日から株主総会までは3か月以内と定められているため、新しい総会日から逆算して3か月以内に議決権基準日を設定します。

ポイント2:配当基準日をどうするかは、2つの選択肢がある
配当基準日は「期末のまま維持する」か「議決権基準日に合わせて後ろにずらす」か、どちらかを選ぶ必要があります。それぞれ課題が異なります。

(a) 配当基準日を期末のまま維持する場合
配当の権利は期末時点の株主に確定しますが、配当決議は後ろ倒しした総会まで行えません。そのため、配当の支払時期が遅くなります。これを避けるには、定款で取締役会に配当決議を授権する必要があります(会社法459条1項)。ただし、この定款変更は一部の機関投資家の議決権行使助言基準で反対推奨の対象になることがあり、事前の対話が必要です。

(b) 配当基準日を議決権基準日に合わせて後ろにずらす場合
配当の権利確定時期が決算期末日ではなくなるため、個人投資家の誤解が生じる可能性があります。ただし、配当基準日を後ろにずらした上で、取締役会決議により従前の時期に配当を実施する方法も考えられます(金融庁資料で紹介されている実務手法)。

ポイント3:エンプティボーティングへの配慮
議決権基準日と総会日の間隔が長いと、基準日後に株を売った株主が議決権だけ持つ「エンプティボーティング」が発生しやすくなります。金融庁資料でも「議決権基準日を実務上可能な範囲で総会に近接させる」ことが推奨されています。
なお、配当決議を取締役会に授権した場合でも、役員選任や定款変更などの他の議決事項は株主総会で決議されるため、エンプティボーティングへの配慮は別途必要です。

ポイント4:総会の後ろ倒しには実務上の上限がある(3月決算の場合、最長で9月末)
会社法上、定時株主総会の開催期限は明記されていません。ただし、税法で法人税・地方税の申告期限延長が事業年度経過後6か月が最大と定められているため、3月決算の会社は実務上9月末までの総会開催が限界となります。

自社はどの方法を選ぶか ― 実務判断の4つの軸

4つの方法のうちどれを選ぶかは、各企業の実情によります。現場の実務責任者が経営層に提案する際に整理しておきたい、4つの判断軸を示します。

判断軸1:決算作業のスケジュールの余裕

  • 5月中旬に決算短信、6月末に有報というタイトなスケジュールが既に常態化している場合、方法②(有報前倒し)は相当のハードルになります。
  • 特にサステナビリティ情報の開示が拡充する中では、決算日後2か月での一体開示は監査法人との調整が鍵です。
  • 期中で定性情報の8割を固める体制が組めない場合は、方法③(総会後倒し)の検討が現実的です。

判断軸2:定款変更への組織的受容度

方法③も方法④も、定款変更が必要です。ただし変更する内容が違います。

  • 方法③の場合:議決権基準日を変更します。場合によっては配当基準日の変更もあわせて検討します。
  • 方法④の場合:決算日そのものを変更します。
  • 定款変更には株主総会の特別決議が必要です。これは議決権の3分の2以上の賛成が必要という意味です。
  • 株主構成によって、議案通過のハードルは変わります。
    • パッシブ投資家(株価指数に連動して機械的に投資する投資家)が多い会社は、議決権行使基準という事前の判断ルールに沿って賛否が決まります。定款変更議案は、株主利益を害さなければ原則賛成という基準が一般的なため、合理的な理由のある定款変更は議案が通りやすい傾向にあります。
    • アクティブ投資家(独自分析で投資判断する投資家)や事業会社株主(取引先等)が多い会社では、個別の経営判断として議案を評価されるため、事前の丁寧な説明(IR活動・個別対話)が重要になります。

判断軸3:監査法人との関係性

  • 方法②(有報前倒し)では、監査法人との事前合意が最も重要になります。決算作業のスケジュール全体を前倒しするため、監査計画の前倒し、四半期レビューとの連続性、KAM(監査上の主要な検討事項)の早期確定など、監査法人側の対応体制を大きく変える必要があります。
  • 方法③(総会後倒し)でも、一体開示を目指す場合は、有報作成の締切が早まるため、監査法人との新しいスケジュール感の共有が必要です。
  • 大手監査法人の主要クライアントであれば法人側の対応体制も整いやすいですが、中堅監査法人の場合は慎重な事前協議が必要です。

判断軸4:投資家からの期待水準

  • プライム市場の主要銘柄であれば、海外機関投資家から総会1か月前以上の開示を期待される可能性が高く、方法③(総会後倒し)の選択が視野に入ります。
  • 中小型プライム・スタンダード市場では、投資家からの期待水準は相対的に低い傾向にあるため、自社の決算作業のスケジュールや監査体制の余裕に応じて、方法②または方法③を選択することになります。
  • IR活動で得た投資家の声を社内に持ち込むことが、経営層の意思決定を動かす最も強力な材料になります。

段階的ロードマップの例

選択する方法によってロードマップは異なります。ここでは、決算作業の前倒しが可能か否かで2つのパターンに分けて示します。

タイプA:決算作業を前倒しできる会社(方法②を選ぶ場合)

2026年総会:現状維持またはわずかな前倒し
→ 仕組み化スタート(後編で詳述)。決算作業の前倒し可能性を検証

2027年総会:方法①→②への試行、1週間以上前を目指す
→ 期中の定性情報固め体制の確立、監査法人との事前協議

2028年総会:方法②を本格実装、3週間以上前で一体開示を達成
→ EDINET特例を活用した事業報告兼有価証券報告書の提出

2029年総会以降:運用を定着させ、さらなる早期化を検討

タイプB:決算作業の前倒しが難しい会社(方法③を選ぶ場合)

2026年総会:現状維持またはわずかな前倒し
→ 仕組み化スタート(後編で詳述)。方法③の検討(株主構成の確認、定款変更の論点整理)

2027年総会:方法③の準備期間
→ 株主との対話、議決権基準日・配当基準日の変更案の検討、機関投資家への事前説明

2028年総会:方法③を本格実施、3週間以上前で一体開示を達成
→ 議決権基準日の変更(定款変更の特別決議)、総会日の後ろ倒し

2029年総会以降:運用を定着させ、さらなる早期化を検討

改訂CGコードの提出期限(2027年7月)は通過点であり、その先の3〜5年を見据えたロードマップ設計こそが、現場の実務責任者が経営層に提案すべき中核です。

「3週間以上前」はパブコメで覆されるか?

覆される可能性は低いと考えます。理由は3つ:

  1. 解釈指針のため、コンプライ・オア・エクスプレインの対象外。実施しなくてもCG報告書での説明を直接求められない
  2. 電子提供措置のタイムラインと整合しており、制度設計上の必然性がある。3週間前は会社法の電子提供制度の開始日そのもの
  3. 監査役協会・経団連・日本公認会計士協会も、方向性としては3週間以上前を支持している。問題視されているのは「数日前での中途半端な早期化」であって、3週間以上前の方向性自体ではない

実務責任者としての備え方:「3週間以上前はハードルが高い」と思考停止するのではなく、自社が何年後までにそこに到達するかのロードマップを描くことが、改訂案の趣旨に沿う対応です。

「一本化」は会社法改正待ち ― それまでの2〜3年は「一体開示」が当面の目標

日本公認会計士協会や経団連が求める一本化は、会社法改正が必要です。法制審議会で議論中ですが、実現には2〜3年かかる見通し。

それまでの間、実務として現実的な目標は「一体開示」。EDINET特例を活用して、事業報告兼有価証券報告書を3週間以上前にEDINETに提出する形です。この道筋は、既に制度上は整っています。

「制度ができてから動く」のではなく、先行して一体開示にチャレンジすることで、会社法改正後の一本化にスムーズに移行する。これが、今からできる現場責任者の取り組むことだと考えます。

筆者の所感

総会前開示の論点は「制度対応の話」ではなく、企業の仕組みの成熟度の話だと感じました。「3週間以上前」という数字は、会社法の電子提供制度のタイムラインと整合した制度設計であり、恣意的なものではありません。一体開示は制度上既に可能で、その先には一本化の議論が続いています。

日本の企業開示制度は今まさに大きな転換期にあります。会社法と金商法の二重構造、電子提供制度、一体開示、そして一本化。これらの制度は、長年続いてきた「有報は総会後」という慣行を変えていくための道筋として、順次整備されてきました。

こうした制度変化は「きっかけ」に過ぎません。本質は、現場の実務責任者が制度変化の意味を正しく理解し、自社の実情に照らして段階的な対応を設計していくプロセスそのものにあります。

次回の後編では、この制度理解を踏まえて、現場の実務責任者が経営層をどう動かし、どのように組織として仕組み化していくかを、具体的なアプローチとともに整理します。監査役協会の問題提起の読み解き、「動かない経営層を動かすのは誰の仕事か」という論点、そして3つの仕組み化(会議体の固定化・スケジュールの逆算・ステークホルダー間コミュニケーションの型化)を扱います。

▶ 後編:有報の株主総会前開示はどう実現するか ― 現場責任者が動かす3つの仕組み化【後編】(公開後に差し替え)

引き続き、一緒に学んでいきましょう。

用語メモ

▶をクリックすると説明が表示されます。

▶ コンプライ・オア・エクスプレイン

CGコードの原則に従う(コンプライ)か、従わない場合は理由を説明する(エクスプレイン)か、いずれかを求める仕組み。原則自体は強制ではないが、説明責任を課すことで実質的な遵守を促す。

▶ 解釈指針

CGコードの原則の意図や解釈を示す補足的なガイダンス。原則本文とは異なり、コンプライ・オア・エクスプレインの対象外。実施しなくてもCG報告書での説明を直接求められない。

▶ 有価証券報告書(有報)

金融商品取引法に基づき、上場企業が毎年金融庁(EDINET)に提出する法定の開示書類。事業内容、財務状況、人的資本、サステナビリティ、役員報酬など広範な情報を記載する。

▶ 事業報告

会社法に基づく書類。会社の事業内容、経営状況、役員等に関する情報を株主に報告するためのもの。株主総会の招集通知とセットで株主に提供される。

▶ 計算書類

貸借対照表・損益計算書・株主資本等変動計算書等の決算書類。会社法上、株主総会の招集通知とセットで株主に提供される。

▶ 招集通知(アクセス通知)

株主総会の2週間以上前に株主に発送される書類。電子提供制度下では、日時・場所・議題・ウェブサイトURLを記載した簡易版で足りる(アクセス通知と呼ばれる)。

▶ 電子提供制度・電子提供措置

会社法325条の2以下に基づき、株主総会資料をウェブサイトに掲載して株主に提供する制度。株主総会の3週間前または招集通知発送日のいずれか早い日から開始する。2022年9月施行。

▶ EDINET特例

会社法325条の3第3項に基づく特例。有報をEDINETで提出すれば、電子提供措置をとったとみなされる。一体開示を可能にする制度的基盤。

▶ 一体的開示

事業報告等と有報の記載事項の一部を共通化する取組み(記載内容の重複削減)。2021年の経産省FAQで実務指針が整備されており、一定の対応が行われている。

▶ 一体開示

事業報告等と有報を1つの書類(事業報告兼有価証券報告書)として作成・開示する手法。EDINET特例を活用。制度上は可能だが、実務事例はまだない。

▶ 一本化

有報の提出会社は会社法の事業報告等の提出を省略できるようにする制度構想。会社法改正が必要で、法制審議会会社法制(株式・株主総会等関係)部会で議論中。

▶ 議決権行使

株主が株主総会の議案に対して賛成・反対・棄権の意思表示をすること。出席投票のほか、書面投票、電子投票がある。機関投資家の議決権行使は、役員選任・役員報酬・資本政策等の議案について企業のガバナンスに大きな影響を与える。

▶ KAM(Key Audit Matters、監査上の主要な検討事項)

会計監査人が、その年度の監査で特に重要と判断した論点を監査報告書に具体的に記述したもの。日本では2021年3月期から強制適用。有報の監査報告書にのみ記載され、会社法の監査報告書には載らない。投資家にとっては監査の質を判断する重要な材料。

▶ 議決権基準日・配当基準日

議決権基準日は、株主総会で議決権を行使できる株主を確定する日。配当基準日は、配当を受け取れる株主を確定する日。日本の上場企業は事業年度末日を両方の基準日とするのが慣行だが、会社法上は別々に設定することも可能。

▶ エンプティボーティング

議決権基準日の後に株式を売却した株主が、実質的な経済的利害を失ったまま議決権を行使する状態。基準日と総会日の間隔が長いほど発生しやすく、議決権基準日を総会に近接させる考え方の背景にある。

出典・参考情報

一次情報

二次情報(実務解説)


※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言ではありません。具体的な判断が必要な場合は、弁護士・公認会計士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。また、引用した一次情報は公表時点のものであり、今後の議論の進展により内容が変わる可能性があります。

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